第2回「いま読むべき! 時代の空気を感じるマンガ2009」
Page 3 当世を投影する『大市民』、『特命係長』という古典
当世を投影する『大市民』、『特命係長』という古典
- 『大市民 1 (アクションコミックスピザッツ)』
- 柳沢 きみお
- 双葉社
- 545円(税込)
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ベテラン作家にも、"今"を切りとる希有な存在がいます。30代後半以上の方なら『月とスッポン』、『翔んだカップル』などの作者、柳沢きみお――最近人気のテレビドラマ『特命係長・只野仁』の原作者と言えばおわかりでしょうか。もう40年近く第一線で活躍し続けるマンガ作家です。
この作家のすごいところは、流行に対する自らのスタンスをハッキリさせた上で、作品に"時代"を盛り込むという作風にあります。流行に流されるわけでなく、目をそらすのでもない。トレンドをテーマとして取り込むこともあれば、時には世間の風潮に反発する。決して時代に迎合せず、世の中を見つめ、自らとの距離と温度を測り続けるという希有な才能を持ち合わせています。もっともそれが故か、一作の巻数が伸びていかない傾向がありますが......。
そうした作風が色濃く反映されているのが『大市民』、『大市民Ⅱ』、『THE 大市民』などの『大市民』シリーズ。数々の雑誌を渡り歩き、作者自身も「ライフワーク」だと断言する作品群(もはや単なる「作品」とは呼べません)です。作者の美学が反映されたエッセイ的な作品で「真に豊かな人生を過ごすために、人間が大切にすべきもの」が描かれています。相当にお説教がましくもありますが、鍋ひとつでできる白菜鍋や、ショウガ焼き用の豚肉で作るトンカツなど、時代を超えて人間の本能にダイレクトに訴えかける、「美味(うま)し!!」なツマミなども豊かな人生には当然欠かせないということなのでしょう。ちなみにこれらのツマミのレシピは、後にレシピ集『大市民グルメ「美味し!!」』として単行本化されましたが、僕が購入する前に絶版となってしまいました。
作中には"親父のたわごと"も満載で、時折「成城でも茶髪ばかりで悲しい。女子大生と風俗嬢の見分けがつかないって大問題だ」など、発言自体が大問題になりかねないセリフも飛び出します。そんな山形の口からは「ビールが美味くない日は、私にとってその日一日が台無しになるのだ」、「バカやってこそ男なんだよ」など、暑苦しいセリフがバンバン飛び出します。それらのセリフに共感しつつも妙なおかしみを感じてしまうのは、僕が昭和に生まれ、平成という今を生きていることの証なのかもしれません。
現代的な道のりをたどってメジャー化した『特命係長・只野仁』
- 『特命係長只野仁 (1) (ぶんか社コミックス)』
- 柳沢 きみお
- ぶんか社
- 586円(税込)
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一方、おなじみ『特命係長・只野仁』。昼は「ただのひと」と周囲からバカにされる広告代理店のダメ社員、夜は特命を受け、社に降りかかる問題を解決するトラブルシューターとなるスーパーサラリーマンの姿を描いたマンガです。全編を貫くのは「愛(色?)、正義、勝利」とでも言うべき、"大人の勧善懲悪"物語。ストーリーや構成は非常に昭和的ですが、テレビドラマ化によって、マンガに人気が逆還元されるという現代的なメディアミックスを、ある意味で象徴する作品となりました。
この作品が最初にドラマ化された2003年は『ブラックジャックによろしく』、『Dr.コトー診療所』など、後に続編が制作されるマンガ原作ドラマの当たり年。以降、爆発的にマンガ原作のテレビドラマの本数も増えていき、2008年にはマンガ原作のドラマの合計は40本を超えました。
2003年以降、ドラマ版では毎年新シリーズやスペシャルが放送される『特命係長・只野仁』はそんな時代の転換点を象徴するマンガのひとつ。ちなみに、マンガ版は2007年に週刊現代での連載が終了した後は、日刊ゲンダイにて『特命係長・只野仁 ファイナル』が連載され、遂に2009年には週刊現代でも『特命係長・只野仁 リターンズ』が復活。媒体を渡り歩きながら、続編を展開する作者一流の手法は、2009年現在も健在です。