第3回「嗚呼!! 素晴らしきギャグマンガの世界」
Page 2 『奇面組』と『僕の小規模な~』の根底に流れる"ガロ感"
『奇面組』と『僕の小規模な~』の根底に流れる“ガロ感”
- 『ハイスクール!奇面組 (1) (集英社文庫―コミック版)』
- 新沢 基栄
- 集英社
- 607円(税込)
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- 『3年奇面組 (1) (集英社文庫―コミック版)』
- 新沢 基栄
- 集英社
- 607円(税込)
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一方、大好きだったのに、最終回で少し残念な気持ちになったのが、『ハイスクール奇面組』でした。もともと『3年奇面組』連載中からほぼリアルタイムで読んでいたんですが、3年間で3年分進むストーリー構成や、ギャグのシーンで登場するメリハリのきいた2頭身キャラ、そしてすべてダジャレで統一されたキャラクターの名前など、何から何まで大好きだった作品です。主役であるはずの奇面組の名前は、一堂零(いちどう・れい)、冷越豪(れいえつ・ごう)、出瀬潔(しゅっせ・きよし)、大間仁(だいま・じん)物星大(ものほし・だい)と、何の脈絡もない名前ばかり。ちなみにリアルタイムで読んでいたとき、僕には「れいえつ・ごう」の意味が「レッツゴー」だということが、しばらくわかりませんでしたが。
しかもメインキャラより登場回数の少ない、サブキャラのネーミングには尋常ではない情熱を感じました。運動神経がいい「腕組(うでぐみ)」には亜切須腱(あきれす・けん)がいたり、不良の「番組(ばんぐみ)」では似蛭田妖(にひるだ・よう)や、僕の大好きな中須藤臣也(なかすどう・おみや)という奇跡の名前にも巡り会うことができました。中須藤は初めて見たときに「『おみゃあ』って、なんで名古屋弁なんだ?」と爆笑してしまいましたが、どの組名も名前もものすごく練り込まれている。登場機会の少ないサブキャラだからこそ、キャラの設定を丁寧にするという職人気質に惚れ込んだところもあります。
『奇面組』というマンガには、どことなくユルさがありました。正確に言うと、この頃の新沢基栄は狙って素人っぽさを演出していたような気もします。" ガロ系"のつげ義春に通じるような、いい意味での素人っぽさが、ギャグマンガとしての懐の深さを感じさせてくれました。個人的には最終回のオチにいまいちピンと来ないという面もありますが、それでも名作であることに変わりはない。キャラのネーミングなど『3年奇面組』との連動性も高いので、まずは『3年~』から入ると、より『ハイスクール~』が楽しめるに違いありません。
天才的天然が放つ『僕の小規模な生活』という自虐
- 『僕の小規模な生活(1) (KCデラックス モーニング)』
- 福満 しげゆき
- 講談社
- 802円(税込)
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"ガロ系"といえば、『僕の小規模な生活』の福満しげゆきも捨てがたい。さえないマンガ家が、日常に起きるものすごく小さなことに対してイジイジしては妄想を膨らませ、その妄想をカミングアウトする露悪的なギャグマンガです。少し暗いギャグマンガと言ったら妙かもしれませんが、自虐感全開の「小さな日常」がそこはかとないおかしみを感じさせる。現在、コミックモーニングで連載中の『僕の小規模な生活』では前作『僕の小規模な失敗』での"彼女"と結婚し、相手の立場は妻になりましたが、やはりそこにある人間関係や相手の心理にウジウジするという作風は同じ。
福満しげゆきという作家は、ある種の天才......いや、むしろ天然と言えるでしょうか。お笑い芸人に例えるなら、松本人志ではなく山崎邦正なんです。本人もある程度の計算はしているのでしょうが、作品には作家が意図した以上と思われるおかしみが表現されている。登場する本人以外のキャラクターは実にツッコミ上手で、かつ作中に登場する作者は一人上手(笑)。作者の天然ぶりを周囲が大切にしているかのような作風は、天才とも言えるのかもしれませんが、やはりここは天然と言いたい。「こんなことを描いて、小さい人間だと思われたらどうしよう」と悩みつつも表現せずにはいられない。現在、作家自身の"器の小ささ"を自虐的に、露悪的に描かせたら右に出る人はいないでしょう。そう思えるほど、この作風がハマっています。
メジャー誌という場で、自分の妄想をこれだけオープンにしたり、妻に対する陰口をたたいたとき、実際に自分の家庭や周辺がどうなるのか。そんな生産現場の無限ループから再生産される、現実と虚構が入り混じった実生活のカオスっぷりも興味深くて仕方がありません。