第3回「嗚呼!! 素晴らしきギャグマンガの世界」
Page 3 『稲中』と"ごうさん"に見る、人間の業
『稲中』と“ごうさん”に見る、人間の業
- 『行け!稲中卓球部(1) (ヤンマガKCスペシャル)』
- 古谷 実
- 講談社
- 524円(税込)
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"カオス"と言えば、不条理ギャグにも触れておかなければいけません。人間の行動やその根底にある人間心理、そこに生じる矛盾を明らかにし、ギャグに昇華するという、ある意味での人間くささがギャグマンガの王道であり、その究極のエッセンスが"不条理"だからです。
その象徴として、絶対に外せないのが、古谷実の『行け! 稲中卓球部』。登場人物のキャラの立ち方、人に与える強烈なインパクトを持った、不条理ギャグ作品です。リアルタイムで読んでいたときから「稲中」は半端じゃなく好きで、「なんでこんなに好きなのか」と自分でも不思議だったんですが、最近の古谷実作品――『シガテラ』や『ヒメノア~ル』を読んで、その理由がわかった気がします。古谷作品のギャグは、リズムで伏せ字を連呼するような単純な下ネタではなく、人間の内面・深層心理に訴えかけてくるのです。
読み手の心理状態次第で作品の印象が大きく変わる。単純にバカバカしさに爆笑することもあれば、「こんな仲間のいる中学生になってみたい」と郷愁にも似た憧れの気持ちも抱く。僕だってデパートの屋上にあるような、100円で動くパンダ形の乗り物で登校してみたいですよ。ほかにも、同級生の彼女の胸元に手を入れ、「オーウ オ米ガ立ッテマース!」なんて、日常では絶対許されない夢のような光景が描かれている。『稲中』にはあの頃の夢――いや現在も含めた男の夢が詰まっているんです(笑)。
もちろんギャグマンガだけあって、キャンプにナイフとワイフ――ダッチワイフを間違えて持っていくなど、バカバカしいダジャレもこれでもかというほど盛り込まれている。学生時代の甘酸っぱさを感じさせる作風といい、「ラブコメ死ね死ね団」などのキャッチーなネーミングといい、『稲中』は独自の世界観を確立した、とてつもないギャグマンガ作品なのです。
知らぬ間に“週チャン”に載っていた
- 『おやつ 1 (少年チャンピオン・コミックス)』
- おおひなた ごう
- 秋田書店
- 421円(税込)
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そして、憧れのマンガ家としてはずせない作家が一人います。おおひなたごう。実は僕自身、音楽誌で14年間4コママンガを連載していますが、もともと目指していたのは、おおひなたごうという作家の持つ世界観に非常に近かったんです。雑誌で対談して友達になって以来「ごうさん」と呼ばせてもらっていますが、あの観察力と発想力は常人のものとは明らかに異質です。
例えば「ごうさん、無断でハクエイの名前使用事件」という爆笑騒動がありました。昔、よっちゃんイカの当たりは、パッケージのイラストで見わけることができたんです。その見分け方をごうさんに教えたら、早速『おやつ』という作品に描かれてしまった。何の連絡もないまま、パラパラと週刊少年チャンピオンをめくっていたら作中のキャラクターに「ペニシリンのハクエイによっちゃんイカを必ず当てるコツを教えてもらったんだって」と言わせていた。驚きつつも、もう爆笑です。しかも「でも、なんでペニシリンのハクエイがそんなことを......」、「偶然発見したんだってさ」と、畳み掛けている。コミックスには反映されませんでしたが、週刊少年チャンピオン本誌連載時には、最後のページに担当編集者の「このエピソードは事実らしいです」という注釈まで入れられていました。いったん面白いことを思いついたり発見したら、その最上の形を純粋に、どん欲に追求していく。まさにギャグマンガ家の鑑といえる姿勢です。
ごうさんの作品は、掲載される雑誌も少し変わっています。マンガ誌というより、TV Bros.というテレビ誌での連載の印象が強いなど、そもそもマンガという枠にとどまらない、天才的な幅の広さを持ち合わせている。そのくせ、自宅に遊びに行って原稿を見せてもらうと、どんなモチーフからどう広げていったかを、事細かに教えてくれる。彼の作品には日常的な出来事から、少しだけ視点をズラしたようなネタも多い。日常のネタをギャグにするには、ものすごく繊細なセンスが必要なはずなんですが、ネタへの昇華方法がめちゃくちゃ上手い。「やられた!」と思うような、自分の引き出しにあるはずなのに気づかなかった視点からボールをポンポン投げてくる。視点をズラす技術は、ギャグマンガ家としてだけでなく芸能の世界に生きる一人の人間としてもうらやましくなるほどです。