第3回「嗚呼!! 素晴らしきギャグマンガの世界」

Page 4 『こち亀』というギャグマンガ界の奇跡

『こち亀』というギャグマンガ界の奇跡

こちら葛飾区亀有公園前派出所 164巻
『こちら葛飾区亀有公園前派出所 164巻』
秋本 治
集英社
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キン肉マン (1) (集英社文庫―コミック版)
『キン肉マン (1) (集英社文庫―コミック版)』
ゆでたまご
集英社
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Dr.スランプ (第1巻) (ジャンプ・コミックス)
『Dr.スランプ (第1巻) (ジャンプ・コミックス)』
鳥山 明
集英社
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いろいろ小難しいことを書いたような、そうでないような気もしますが、本来、ギャグマンガはギャグマンガとして楽しむべきものだと思っています。突飛な展開や発想に唖然としたり、そこにあるバカバカしさに爆笑させられる。もちろん、定番のギャグや王道パターンにクスリと笑うのも、読者にとってのギャグマンガの醍醐味と言えるでしょう。

そんな超定番作品が、1976年に連載がスタートし、いまだに週刊少年ジャンプで連載が続く、お化け長寿ギャグマンガ"こち亀"こと『こちら葛飾区亀有公園前派出所』です。重ねたコミックスの巻数は今年6月までで何と164巻。世の男性でこのマンガを読んだことのない人を探す方が難しいというくらいのスーパーメジャー作品です。

よくジャンプのファンは「"こち亀"が面白い時期は、ジャンプがつまらない時期」などと言いますが、それは絶対に違う。確かに、ジャンプという少年マンガ誌は、定期的に社会現象とも言えるほどのメガヒット作品を生み出しています。1970年代なら『キン肉マン』、1980年代なら『Dr.スランプ』、『北斗の拳』、『ドラゴンボール』、1990年代には『SLAM DUNK』。以降も最近ドラマ・映画化された『ROOKIES』に、マンガ売上げ日本一となった『ONE PIECE』など、とんでもない人気作品が目白押しですが、週刊マンガ誌には必ず勢いが落ちる時期があります。

"こち亀"のすごさは30年以上に渡り、ただの一度の休載もなく、安定した面白さを提供し続けていることにあります。前述のジャンプファンの意見も気持ちはわからなくもありませんが解釈が間違っています。正確には「"こち亀"が面白い」時期ではなく、「ジャンプが面白くない時期でも、"こち亀"だけはいつも通りに面白い」時期ということなのです。いわば、映画界における『男はつらいよ』シリーズのように、定番定着化した安心・安全なギャグマンガなのです。

しかも、単に安心して読めるギャグマンガというには、あまりにもクオリティが高い。"こち亀"には、常に時代時代の世相が盛り込まれていて、ウンチクやトリビアもふんだんに詰め込まれている。その佇まいは、もはやギャグマンガというより、"こち亀"というジャンルを確立したというにふさわしいようにも見えます。コミックスの累計売上げ1億5000万部以上、「少年誌の最長連載記録」でギネス記録を更新し続けている作品には、それ相応の理由があるのです。

また作者の秋本治には、ギャグマンガ家としての濃厚な血が流れていることがわかるエピソードがいくつもあります。デビュー当時、「ファンだった」、「同じ警官マンガ」というような理由で、『がきデカ』の作者・山上(やまがみ)たつひこをもじって、山止(やまどめ)たつひこというペンネームでデビューしたことは有名な話ですし、アマチュア時代、賞に応募したときのペンネームは、「岩森章太郎改め山止たつひこ」と石森章太郎(当時)からも名前をパクっていたという大胆さ。大家と言われるギャグマンガ家は、その作品のキレ味もさることながら、作家自身が大胆な振れ幅を持っているのです。

ギャグマンガが持つ恐るべき懐の深さ

1960年代に現代日本のギャグマンガの地平を切り開いた『天才バカボン』には、関係者がこぞって「印象的だった」と口にするコマがあります。俗に"夜のコマ"と言われるそのコマは、リアルタッチで描かれた富士山の噴火をバックに、手前には当時の街並みがカッチリと描かれている。さらにその手前で『バカボン』なら"夜の犬"、『もーれつア太郎』ではニャロメという、デフォルメされた動物のキャラクターが逆立ちをしたりするという、非常にシュールなコマでした。このコマ自体「緩急をつけるための捨てゴマ」だというのに、面白くするためにはリアルタッチで描き込む手間を厭ってはならない。一方、相反するようですが「手抜き?」と思われるほど真っ白の背景でも成立するのがギャグの世界。"夜のコマ"が持つシュールさ自体も、ギャグマンガ家の懐の深さ、振れ幅の広さを象徴しているかのようです。

雲の上にいるギャグマンガ界の巨匠からは「小難しいことを言わずに愉しむのだ!!」と叱られそうですが、すぐれたギャグマンガには驚嘆すべきデフォルメ力や、突飛な展開力、世相の反映法など、目先の一発ギャグに終わらないようなクオリティがあります。そしてそのクオリティの源となるのは、ギャグマンガ作家のエネルギー。ギャグマンガの世界では「作家が短命で終わる」、「何作か描いたら、作家がおかしくなった」などという話がゴロゴロしていると言います。裏を返せば、活躍し続けるギャグマンガ界の偉人たちは、それほど過酷な世界でも枯渇しないエネルギーと才能を持ち合わせているということでもある。でも、読者はそんなことは気にせず、笑いながらページをめくる。それが、ギャグマンガを読むときのお作法なのです。いや、お作法......なのだ!!

HAKUEI的素晴らしきギャグマンガとは
一、天才的作家のアイディアとエネルギーが詰め込まれた作品である
一、人間の深層心理にまで踏み込む感性が反映された作品である
一、面白さを純粋かつ、どん欲に追求した作品である
番外、その生き様自体にタブーなどない作家の描いた作品である

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