第4回「ヤル気の劇薬になる名作マンガ」

Page 4 人気マンガにこそほしい挑戦的姿勢

感情をかき立てる『がんばれ元気』の表情の妙

がんばれ元気 (1) (小学館文庫)
『がんばれ元気 (1) (小学館文庫)』
小山 ゆう
小学館
627円(税込)
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個人的に大好きな小山ゆう作品からは、「気合い」、「テンション」がテーマとなると、やはり『がんばれ元気』を選びたい。プロボクサーを志す少年の成長記とも言えるこのボクシングマンガは、小山ゆうという作家の最初の大ヒット作で、俺自身貪るように読み返す作品のひとつです。

主人公・堀口元気のあまりに貧しい幼少期や、その後祖父母と住むことになる豪邸など、設定が現実感に欠ける感もありますが、徹底して描ききることでかえってリアル感が生み出されています。ストーリーもコミックス28巻(ワイド版12巻)分を最初に決めた設定に沿って描き進めたというだけあって、山と谷の間合いや伏線の張り方も絶妙。読んでいても、描き手の意図したであろう通りに泣き、笑い、感動し、興奮してしまう。読み通した回数分、主人公・堀口元気の人生を生きたと思えるほど、作品に没入できるんです。

そこまで読者を没頭させる源泉となる力は、やはり"リアル感"。『ゴルゴ13』のさいとうプロ出身らしいリアルな描き込みや構図はもちろんですが、小山作品の何よりの特徴はキャラクターが持つ豊かで繊細な表情。作中には大切な人との別離や、覚悟を決める場面が多数描かれていますが、そうした場面での人物の表情が実に素晴らしい。「うれしさ」、「悲しみ」、「悔しさ」、「楽しさ」、「憎悪」などさまざまな感情が折り重なる場面で、感情が入り混じった実に複雑な表情が描かれている。ひしひしと心に迫るような元気の表情は、小山作品のなかでも屈指と言えるに違いありません。他の作家を見渡してみても、表情ひとつで読者にこれほど訴えかけるマンガは、他にちょっと思い浮かばないほど。むしろ近年のマンガ全般に言えることですが、こうした描写については退化しているのではないかという危惧すら抱いてしまいます。

人気マンガにこそほしい挑戦的姿勢

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以前にも少し書きましたが、マンガという世界に冠たる日本の宝を育ててきたのは、作者と読者の無限のコミュニケーション。しかし最近読者の読解力を信じていないのか慎重過ぎるのか、作品がわかりやすいものになろうとし過ぎているのが残念です。例えば、『ONE PIECE』(尾田栄一郎)は、俺にとってすごく微妙な作品。ストーリーもいいし、絵にも勢いがある。でも時折、擬音・擬態語で説明されすぎて冷めてしまう。「バーン」、「ドカーン」などという擬音は迫力を出すには効果的でしょうが、キャラクターが泣いているところに「ポロポロ」なんて擬音をカブせられると「は~い。みなさん、泣いてね」とあやされたようで、「ナメんなよ」という気持ちになることもある。100点をつけたいほどのポテンシャルを持つ作品なのに、なぜか、複雑な気持ちになってしまうことがあるんです。

確かに作家の意図を読者に伝えることは大切でしょう。でもそれ以前の問題として、見た瞬間にコマやキャラがどう見えるのかを、人気マンガに関わる人にはさらに高いレベルで考えてほしい。読者を啓蒙することだって、マンガ業界を盛り上げるには必要なはず。だから作家、編集者、出版社にはわかりやすさばかりを追ってほしくない。本来それは広告やCMの仕事だし、その広告業界でも、最近ではクリエイティビティあふれる意欲的な作品が多い。なのに、マンガという最高の現代文化の担い手が読者に挑戦しなくてどうするんですか。そこに高い壁があるからこそ、受け手は意図を読み解こうと必死になり、のめり込む。支持を集めるマンガにこそ、そうした挑戦的な姿勢を持っていてほしい。この素晴らしきマンガ文化をさらに発展させ、次代に継承するためには、そうした努力も必要なのではないでしょうか。

読者の高齢化に伴い、そもそものターゲットであるはずの小中学生読者をどう開拓するかが課題なのはわかります。でも感性の柔らかい小中学生は感情表現にも敏感です。必要な説明はしなければなりませんが、特に感情表現などは過剰に説明する必要はないでしょう。意図的に読者に解釈を預けたり、想像力を働かせるようなマンガにもっと出てきてほしいところです。

作家に理想を追求していただくのはもちろんですが、編集者や出版社も含めた、マンガに関係するすべての方にお願いしたいことがあります。誰に何を訴えかけたいのか、そして表現手法として何が必要で何が邪魔になるのかをもっともっと考えて頂きたい。そしてできれば読者も、少しくらい難しそうだと思っても、面白いと感じるマンガには想像力を働かせて必死に食らいついてほしい。今回はテーマとは少しズレた形で気合いが入ってしまいましたが(笑)、日本のマンガをこよなく愛するゲキコミのHAKUEIから、すべてのマンガファンの皆様へのお願いです。

HAKUEI的「ヤル気の劇薬になる名作マンガ」とは
一、"エバーグリーン感"のあるマンガである
一、表現が無軌道なまでに突出したマンガである
一、ストーリーや画風が緻密に構築されたマンガである
番外、擬音・擬態語のセンスのいいマンガである

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