第7回「“ジャンル”を築いた名作たち」

Page 1 マンガがたどるサブカルチャーの筋道

マンガがたどるサブカルチャーの筋道

この数十年で、マンガのジャンルは無限に広がりました。「漫画」自体がサブカルチャーの1ジャンルであった戦前を経て、戦後には「少年マンガ」、「少女マンガ」という大分類がなされ、その後、「SF」「スポーツ」、「ホラー」、「学園」、「恋愛」など、明確なカテゴライズがされるようになりました。さらにそのジャンルが細分化されながらミックスされ、最近では「恋愛」でも「BL(ボーイズラブ)」などさらに細かいジャンルが誕生しています。

ジャンルの確立→異ジャンルの融合→新ジャンル誕生→再びジャンルの確立......という無限ループは、サブカルチャーが発展する過程で必ず起きるもの。音楽業界でもロックやポップスはそうですし、お笑いやストリートファッション、AV・風俗に至るまで、例外なく同じような系譜をたどっているはずです。

そんな変化・進化の陰には、必ず各ジャンルを切り拓いた"エポックメーキング"とも言える作品とクリエイターが存在する。マンガというサブカルチャーも例外ではありません。新しいジャンルが生まれるとき、そこには業界に大きな影響力を与える作家や革新的作品が生まれ、読者を惹きつけるのです。今回はそうした、"ジャンル"を確立・発展させた名作を取り上げます。

『巨人の星』が遺したDNA

巨人の星(1) (講談社漫画文庫)
『巨人の星(1) (講談社漫画文庫)』
川崎 のぼる
講談社
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巨人の星(11) (講談社漫画文庫)
『巨人の星(11) (講談社漫画文庫)』
川崎 のぼる
講談社
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まず、このテーマで絶対に取り上げなければならないのが、『巨人の星』(作・梶原一輝 画・川崎のぼる)でしょう。1966年に週刊少年マガジンで連載が開始された作品で、アニメ版も含め、国民的人気作となった作品です。僕自身は、最初にこの作品に触れたのは再放送されていたアニメでしたが、その後マンガが持つ迫力にも圧倒されました。リアルとファンタジー、現実と虚構のあまりに見事なミクスチャーっぷりに、グイグイと引き込まれていったのです。

現実に活躍するプロ野球のスター選手が実名で登場し、作中のキャラクターはそのスター選手を遙かにしのぐ活躍を見せる。そんな現実と虚構の混ぜ具合が絶妙だったのです。

ライバルの花形満や左門豊作などのキャラクターづけも見事でしたし、何より印象的だったのが、ご存じ星飛雄馬の「大リーグボール」! 念のため解説すると、大リーグボールとは1号、2号、3号と3種類あり、それぞれ現実離れしたまさに"魔球"だったのです。ピッチャーとしての弱点である球質の軽さを逆手に取り、バッターのグリップエンドを狙い、凡打に討ち取る1号。父・星一徹の"魔送球"を原型に、グラウンドすれすれの低い球を投げ、土ぼこりでボールをカモフラージュする2号は、ボードゲーム『野球盤』にも採用されました。3号は、スイングするバットの風圧により、ボールがバットを避ける挙動をするという、もはや物理学を遙かに超えた魔球でした。それでも単なるファンタジーでなく、そこにもっともらしく見える理屈を与えられた大リーグボールは、爆発的な人気を誇る"魔球"となっていきます

ただし、そうした"もっともらしさ"だけが大リーグボールの魅力ではありません。この魔球はストーリー上、飛雄馬が壁に当たっては克服する象徴になっており、その物語性こそが『巨人の星』の本質と言えるのです。物陰から見守る姉の星明子や、父・一徹のちゃぶ台返しすらも、すべては飛雄馬に隠された物語や、成長のための伏線となっています。

2009年末の現在、まったく同じマンガが出版されたとしても、当時と同様の共感を持って受け入れられるとはとても思えません。また、魔球という設定や展開などは、『巨人の星』以前に、同じマガジンに描かれた『ちかいの魔球』(福本和也/ちばてつや)と酷似していると指摘する人もいます。

それでも野球・スポーツマンガにおいてエポックメーキングな作品となると、やはり『巨人の星』に尽きる。この世に完全にオリジナルな作品などどこにもありません。どんな作家も知らず知らずのうちに、もしくは敬愛するオマージュ作として、先人から影響を受けているものです。当時の少年たちを熱狂させた、わかりやすくダイナミックな設定やストーリー展開、愛憎渦巻く人間関係などは『巨人の星』ならではです。

そしてこの作品が、その後のスポーツマンガの方向性を決定づけました。事実、『巨人の星』以降、『侍ジャイアンツ』(作・梶原一輝 画・井上コオ)、『アストロ球団』(作・遠崎史朗 画・中島徳博)などの名作が続々と生まれ、その遺伝子は他ジャンルのマンガ――『包丁人味平』(作・牛次郎 画・ビッグ錠)、『ミスター味っ子』(寺沢大介)などのブッ飛び対決系料理マンガにまで受け継がれていくのです。

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