第9回「マンガ大賞2010 極私的ノミネート作品」
Page 2 優しさあふれる"欠落"というつながり――『ファンタジウム』
優しさあふれる“欠落”というつながり――『ファンタジウム』
- 『ファンタジウム(1) (モーニング KC)』
- 杉本 亜未
- 講談社
- 596円(税込)
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現在、「週刊モーニング」の増刊扱いで毎月発刊されている『モーニング・ツー』で連載されているのが『ファンタジウム』(杉本亜未)。マジシャンとして天才的な才能を持つ少年が、周囲と関わりながら成長していく物語です。
主人公は「書かれたものを読むことができない」、「読めてもその意味がわからない」難読症(ディスクレシア)という"障害"を持つ少年、長見良(ながみ・りょう)。難読症といっても、言葉に不自由なわけではなく、むしろ話言葉や思考は大人以上に大人びている。日常の対人コミュニケーションはできるのに、「文字や記号を読み取る」という能力のみが欠落しているという設定です。
そしてその「欠落」や「あきらめ」は、作品の魅力を貫くキーワードにもなっています。『ファンタジウム』の主要キャラクターはみんな何かしらが欠落している。主人公の長見良は難読症という学習障害を抱えているばかりか、暖かい家庭もなく、学校にすら通っていない家出少年。準主人公の北條も、マジシャンだった祖父の龍五郎に憧れながらも、"夢"をあきらめて就職したサラリーマンです。
他の本作の登場人物である、学校の教師、芸能事務所の社長やマネージャー、タレントなど、本作に登場するキャラクターは、いずれも何かが欠落している。例えば"理解(しようとする姿勢)"、"才能"、"思いやり"、"華やかさ"、"愛情"など――。しかしだからこそ、人はしっかりとつながっていくことができるというエピソードが満載です。
アンビバレンツというリアリティ
- 『ファンタジウム(4) (モーニング KC)』
- 杉本 亜未
- 講談社
- 596円(税込)
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少しネタバレ気味で申し訳ないのですが、物語が展開するにつれて、主人公の長見良は人の心をやわらかくする才能をも兼ね備えていることがわかっていきます。ストーリーマンガにおいて、こうした"特殊能力"を物語に持ち込むと、途端に説得力が落ちることがままあります。しかし『ファンタジウム』では序盤でしっかりと長見良が「万能ではない」「満たされていない」ことが描かれている。しかもその"特殊能力"をオブラートに包むようにやわらかく表現することで、荒唐無稽だと感じさせずに、ある種上品とも言える作品に仕上げています。
主人公の性格も「大人と子ども」が同居し、大胆にして繊細。諦念に支配されているようでいて上昇志向もある。人間なら誰しもこうしたアンビバレンツを抱えているはず。そうした読者の心に届くリアリティがキャラクターに込められているからこそ、描かれたファンタジーがかえってリアルに伝わってくるのです。