第10回「後世に残したい、世界に伝えたいあの作品」
Page 1 今こそ『はだしのゲン』を読むとき
今こそ『はだしのゲン』を読むとき
- 『はだしのゲン (1) (中公文庫―コミック版)』
- 中沢 啓治
- 中央公論社
- 761円(税込)
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「後世に残したい、世界に伝えたい作品」を選ぶというのはとても難しい。今回のお題で作品をセレクトして、改めてそう感じました。一瞬、個人的な思い入れだけで取り上げてしまってはいけないような気もしましたが、マンガというエンターテインメント作品はあくまで読者と作品が一対一で向き合うもの。あくまで僕個人のものの見方ということで、何作品かセレクトしてみました。
そもそもマンガを読むという行為は、作品と自分のガチンコ勝負! 読後に作品への好き嫌いやマンガ論などを友人同士で闘わせることはあっても、まず素直に作品と向き合う。そして周囲と感想をやりとりし、読み返す。その繰り返しで、作品とより深く対峙していくこと。これほど幅広い層に、そして深く受け入れられた庶民文化は世界でもそうはありません。世界一のマンガ大国に住む僕らには、縦に残し、横に伝える。そんな義務があるような気すらしてしまいます。
さて今回のテーマで、まず僕の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは『はだしのゲン』(中沢啓治)でした。1970年代前半に描かれた古いマンガですが、この内容がすごい。第二次世界大戦中の作者自身の被爆体験を元に、戦争直後を生き抜く主人公の姿が書かれたマンガで、実写映画やアニメ/ドラマの題材としてもたびたび取り上げられています。実はこの作品、『ゲキコミ!』でも、ずいぶん前から取り上げようと温めていましたが、震災後のこの数か月で取り上げ方がとても難しくなってしまいました。ですがいまだからこそ、この作品に触れて頂きたい。
作中には、思わず目を背けたくなるほど惨い描写も少なくありません。原爆投下時に肉親が生きたまま焼かれる姿を目の当たりにし、焼かれた肉親のしゃれこうべを瓦礫のなかから掘り出す......。他にも原爆の後遺症で家族から疎まれた若者が、生きたまま棺桶に入れられながらもそこから這い出し、「おかゆが食べたい」と家族に迫る様――。
知らなければいけない“記憶”がある
- 『はだしのゲン (7) (中公文庫―コミック版)』
- 中沢 啓治
- 中央公論社
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その鬼気迫る描写は、思わぬ余波を及ぼしました。通常、コミックスは連載していた雑誌を発行する出版社から出版されるもの。しかし社内で物議を醸した『はだしのゲン』の単行本は、連載していた雑誌とは別の出版社から発行されました。
本作には、現在の一般メディアで「放送禁止」と言われる言葉もあちこちに登場します。こうした表現には、実は替えがきかないものが多い。無闇に人を傷つける言葉は使わない方がいいのでしょうが、歌詞を書く身としては、言葉狩りとも感じられる自主規制にはうんざりさせられることもあります。表現は誰かに縛られるようなものであってはならない。作品の世界観を知りもしない、どこかの誰かに「許可」なんかされたくありません。
『はだしのゲン』は一部に「政治的に偏っている」という批判があるとも耳にします。しかし少なくとも作者の目――ゲンの目には、作中に描かれたように映っていたはず。この作品は先入観なしに読めば「戦争は悲惨なものである」という事実が胸を打つマンガなのです。震災後、「生きるということ」の価値が変わったいま、この作品からから学ぶべきものは多い。
余談ですが、僕はまとまった休みがもらえると、広島の平和資料記念館や原爆ドームを訪れることがあります。戦争や震災といった重大事は、この国に暮らす人に大きな影響を与えます。直接体験していなくても、当時を想像しながら刷り込んだ知識は疑似体験となり、"記憶"となる。3.11以降「世界の見え方が変わった」と思う人は、ぜひ『はだしのゲン』を読んでほしい。描かれているのは、改めて知り、考え、伝える必要がある"事実"ばかりなのです。