第10回「後世に残したい、世界に伝えたいあの作品」

Page 4 現実と虚構の間をたゆたう『宇宙兄弟』という名作

現実と虚構の間をたゆたう『宇宙兄弟』という名作

宇宙兄弟(1) (モーニング KC)
『宇宙兄弟(1) (モーニング KC)』
小山 宙哉
講談社
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宇宙兄弟 15 (モーニングKC)
『宇宙兄弟 15 (モーニングKC)』
小山 宙哉
講談社
1,543円(税込)
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今日のお題で、まだ完結していないこの作品をあげるか、悩んだのですが、もうこれは名作間違いないということで、推薦させてください。週刊モーニングで連載中の僕の大好きなあのマンガ――。そう、以前も取り上げた『宇宙兄弟』(小山宙哉)です。あちこちで「いいんですよ!」「すっごい、面白いんですよ!」とおすすめし続けていたら、最近では仕事相手からご飯を食べに行く飲食店の人まで、周囲の人がみんなハマってしまったという超良作です。

以前にも「絵のわかりやすさ/楽しさ」、「ストーリーの練り込まれ方/奇抜さ」、「キャラクターの立ちっぷり」などという魅力について書きましたが、読めば読むほど深みを感じる。それは丁寧な考証にもあります。

作中には、「宇宙飛行士になるための選考課題」などが登場します。そのうちいくつかは取材で知った実際の課題を採り入れたんだそうです。残りの半分は作者が考えたという課題の場面は、リアリティとフィクションの間をたゆたう絶妙のサジ加減になっています。取材も綿密に行われ、宇宙飛行士の野口聡一さんはもちろん、日本人初の女性宇宙飛行士、向井千秋さんの夫の向井万起男にまで取材をしたと言います。詳しくはネタバレになるので書きませんが、作中にも誰がどう見ても向井さんがモデルとしか思えないキャラクターが登場します。そうした"くすぐり"もすっごく楽しい。もちろん現実と虚構を織り交ぜてこそ生まれる、物語の起伏も見事というほかありません。

物語の起伏は、シリアスなシーンをどれだけ描ききれるかにかかっています。肉体的に過酷な状況や、心理的に追い込まれた場面での、外見や内面、状況の変化をどれだけ丁寧に描くか。それによって、クライマックスの爆発力は明らかに変わってくる。宇宙というのは、地球以上に「死」を意識せざるを得ない場所。つまり「死」を描くことで初めて浮き彫りになるリアリティがある。宇宙をテーマにした作品で、ただただ夢や希望だけを語られてもリアリティが感じられない。「死」と隣合わせなのに、いや、隣合わせだからこそ、宇宙に向かう情熱はより輝かしく見える。そしてこの作品をリアルタイムで存分に楽しめていることを僕は感謝したい。青年コミックスを楽しむには、やはりそれなりに年齢を重ねて、経験を積んでいた方がしゃぶるように味わい尽くせますから。

『SLAM DUNK』、『寄生獣』……。伝えたい名作は数え切れない

今日ここに挙げた以外にも、名作と言われる作品は数多くあります。例えばこれまでこのゲキコミで取り上げてきた作品をざっとピックアップしても、超良作ばかり(いや、まあ自分で選んでいるから、当然といえば当然なんですが)。

『寄生獣』『七夕の国』といった岩明均作品もそうですし、手塚治虫の『火の鳥』、赤塚不二夫の『天才バカボン』、大友克洋の『AKIRA』、『デビルマン』(永井豪)、『ザ・ワールド・イズ・マイン』(新井英樹)、『DEATH NOTE』『バクマン。』(原作・大場つぐみ 作画・小畑健)、『シグルイ』(原作・南條範夫 作・山口貴由)、『じゃりン子チエ』(はるき悦巳)、『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)、『ホムンクルス』『殺し屋1(イチ)』(山本英夫) 、『GIANT KILLING』(作・綱本将也 画・ツジトモ)、『GANTZ』(奥浩哉)、『バガボンド』(井上雄彦)、『ピアノの森』(一色まこと)、『ファンタジウム』(杉本亜未)......。

もちろんこのほかにも、「残したい」「伝えたい」作品はまだまだありますが、上記だけでもいずれ劣らぬ名作ぞろいです。

次の世代に残したいもの、文化の異なる人たちに伝えたいこと――。そしてそのうちのいくつかは、本当に「伝えなければならない」ものに違いありません。一人のマンガ読みとして、そんな作品と読者の橋渡しができたらこんなに幸せなことはありません。

HAKUEI的「後世に残したい、世界に伝えたい作品」とは
一、実体験にも等しい「記憶」を得られるマンガである
一、歴史絵巻物のように壮大でありながら、精緻な物語性を持ったマンガである
一、虚構と現実が絶妙のバランスで盛り込まれたマンガである

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