阿曽山大噴火さん

雑誌や書籍、ラジオ、ライブとさまざまなメディアで傍聴ネタを披露する"傍聴芸人"として活躍する阿曽山大噴火さん。これまでに傍聴した法廷はじつに1000回を超える。法廷を舞台に繰り広げられる数多の人間ドラマを見てきた男が選ぶ至極の一冊とは――。

読書、そして人生とは、暇つぶしである

通勤定期で裁判所に通う、傍聴のプロ

傍聴歴10年。趣味と実益をかねた、筋金入りの裁判ウォッチャーである阿曽山大噴火さんは、法廷が開廷される平日の日中はほぼ、裁判所で過ごすという。傍聴生活に足を踏み入れたきっかけは、オウム裁判だった。

「大川総裁に『麻原彰晃(本名=松本智津夫)の傍聴券をとってこい』と並ばされたんです。当時はまったく裁判に興味もないし、専門用語もわからない。ただ、フリートークのネタになるかなと思い、ちょくちょく通うようになったんです」

当初は1~2週間に1回ペースだったが、通い続けるうちに裁判の面白さにハマった。週の半分以上を傍聴に費やすようになり、やがて、裁判所まで通勤定期券を購入するまでに。

「今は仕事と直結するようになってしまって、傍聴せざるを得ないというところもあります。あと、裁判は確かに毎日やっているけれど、『平日の朝10時から17時までしかやっていない』という見方もできる。パチンコ屋にみたいに、土日もやっていて、もっと営業時間が長ければ、いつ行ってもいいんですが、傍聴は時間限定。必然的に、そこをメインに生活を組み立てざるを得ない」

移動中の読書は冤罪防止策!?

裁判所までの移動中や、公判と公判の合間のちょっとした空き時間に読書をすることが多いという阿曽山さん。じつは、移動中の読書は、冤罪(!)を避けるためでもあるそうだ。

「傍聴していると、電車でボーっと突っ立っていることがいかに危険な行為なのかがよくわかります。スリや痴漢に間違われて逮捕される恐れがある。だから、移動中は必ず、本とニンテンドーDSは必ず持っていくようにしています。誤認逮捕されても、両手がふさがっていましたと言えれば、多少はマシかなと」

ジュンク堂書店のムック本コーナーがアツい!

きみが選んだ死刑のスイッチ (よりみちパン!セ)
『きみが選んだ死刑のスイッチ (よりみちパン!セ)』
森 達也
理論社
1,404円(税込)
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阿曽山さんのお気に入りの書店はジュンク堂新宿店。ムック本コーナーによく足を運ぶという。

「専用棚があって、フツーの書店であれば、もう置いてないようなバックナンバーも置いてあるんですよ。しかも、ジャンル分けされているので探しやすい。事件ものを探しに行くことが多いですね。ただ、ムック本は一度買ってしまうと捨てられなくなるし、値段も高い(笑)。なので、立ち読みしながら、『これは!』と思うものを厳選。気づくと3~4時間ぐらい経っています」

裁判員制度が施行されることもあり、さまざまな“傍聴本"が登場している。ご自身も傍聴記を書かれている阿曽山さんから見た、おすすめの一冊とは――。

「森達也さんの『きみが選んだ死刑のスイッチ』は、裁判員を選ぶ前に全員に渡してもいいぐらいの本だと思います。森さんの作品は映像だけではなく、本も面白い。いい意味で予想を裏切ってくれる。最近読んだ本だと、長嶺超輝さんの『罪と罰の辞典』も面白かったですね。何をすれば、どのような罪に問われるのかをQ&A形式で解説した本なんですが、目のつけどころが秀逸。 『万引きの時効は何年?』『現役女子中学生とデートするだけなら問題ありませんか?』といった質問項目だけでも笑える。裁判や法律にまったく興味がない人も楽しめる本です」

転校がきっかけで図書館の常連に

子供の頃はマンガも含めて、まったく本を読んでいなかったという阿曽山さん。読書との出会いは高校時代。高校3年のときに転校したことがきっかけだった。

「通学に電車で片道2時間もかかるようなところに引っ越しちゃったんですよ。高校3年生でいきなり転校ですから、引っ越し先に友達もいない。往復4時間、何もやることがないという苦痛を紛らわせるために、本でも読もうかと思ったんですよね。 それまでは学校の図書室なんて一度も行ったことがなかったのに、いきなり皆勤賞。司書の先生に本好きだと誤解され、ブックカバーをもらいました」

世の中の見方がガラリと変わる『唯脳論』

唯脳論 (ちくま学芸文庫)
『唯脳論 (ちくま学芸文庫)』
養老 孟司
筑摩書房
950円(税込)
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高校時代にハマったのはビートたけし。『だから私は嫌われる』をはじめ、本屋で見つけるたびに買った記憶があるという。

「どうしてあんなに読んでいたのか、ちっとも覚えていないんですが、たけしさんの本は好きでしたね。それから、養老孟司さんの『唯脳論』。何かの雑誌で、たけしさんと対談していて、面白そうな学者がいるなと思って、読んでみたら、これがめちゃくちゃ面白かった。脳の話が延々書かれていて一見、小難しそうに見えるんですが、そんなに難しくない。生きるヒントを与えてくれる本です。それを哲学者ではなく、脳科学者が書いているというのがまた面白い」

『唯脳論』はタイトル通り、存在の根拠を「脳」に求める。あらゆる存在は、脳が「存在している」と感じているだけで、じつは何もないかもしれないと論考する。一連の脳ブームの端緒を拓いた一冊だ。

「ベストセラーになった『バカの壁』は、この『唯脳論』をより易しくかみくだいたものなんですよ。この本を読むと、世の中の見方や、もののとらえ方がガラリと変わります」

なりゆきで足を踏み入れた、芸人の世界

やりにげ
『やりにげ』
みうら じゅん
ぶんか社
1,468円(税込)
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高校時代には“たけし本"を読み漁っていたという阿曽山さんだが、意外にもお笑いの世界にはまったく興味がなかったという。

「『芸人になりたい』と思ったことは一度もないんですよ。フリーターをしているときに、よくお笑いライブは見に行ってましたが、プロになる気はまったくありませんでした。でも、あるとき、オーディションがあると聞いて、オーディションに行けば、大川総裁にも会えるだろうし、運が良ければ、話ができるかも……みたいな感覚で参加したら、そのまま受かってしまった。他にやりたいことがあれば、そっちに動くんですが、とくにないまま、今に至るというわけです」

オトコにとって読書とは何か。阿曽山さんの答えはこうだ。

「暇つぶしですね。僕にとっては裁判傍聴もそう。人生は暇つぶしの連続で、そのうちの一つが読書というイメージ。会社勤めをしている人であれば、会社で過ごす時間がメインになるかもしれないし、家庭がメインだという人もいるかもしれない。でも、僕にはそういうものがまったくない。『冷やしとんかつそば』みたいなもので、何がメインなのかがさっぱりわからない。でも、人生ってそういうものなのかなと思うところもあります」

そんな阿曽山さんのイチオシの一冊は、みうらじゅんさんの『ヤリ逃げ』だ。

「びっくりするぐらい、くだらない内容の本です。読めば読むほど、いろんなことで悩んでいることがアホらしくなってくる。 みうらじゅんさんって、“ふざけた大人"の代表みたいな人だと思うんですよ。たまにマジメな本を書くこともあるけれど、基本的にはくだらないことをとことん突き詰めている。誰でも『俺、もうこんな年なのに……』と不安になることがあると思うんですが、そういう時は、みうらさんの本を読むといい。『アイデン&ティティ』もおすすめです。自分よりも年上なのに、夢中になってくだらないことをやり続けている人がいる。そう勇気づけてくれます」

プロフィール

芸人。1974年9月27日山形県生まれ。
裁判傍聴をライフワークとし、コラムや、書籍出版など多方面で活躍中。

著作紹介

被告人、もう一歩前へ。
『被告人、もう一歩前へ。』
阿曽山 大噴火
ゴマブックス
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B級裁判傍聴記
『B級裁判傍聴記』
阿曽山大噴火,辛酸 なめ子
創出版
1,296円(税込)
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裁判狂時代―喜劇の法廷★傍聴記 (河出文庫)
『裁判狂時代―喜劇の法廷★傍聴記 (河出文庫)』
阿曽山大噴火
河出書房新社
734円(税込)
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