寄藤文平さん
企業広告からロゴデザイン、書籍の装丁を手がける他、『ウンココロ』や『死にカタログ』といった書籍の著者としての顔も持つ寄藤文平さん。ユーモラスで、どこかシニカル。そんな絶妙なバランスの作風で、ヒット作を次々に生み出してきた超売れっ子クリエイターが選ぶ一冊とは――
超売れっ子クリエイターの原点を探る
アートディレクターが"著者"になった理由
- 『新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に』
- 小林弘人
- バジリコ
- 1,620円(税込)
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- >> ローソンHMV
イラストからデザイン、装丁、執筆、編集に至るまで“アートディレクター"の枠を超え、あらゆるジャンルで活躍する寄藤文平さん。今、最も注目している本は『新世紀メディア論』だという。
「“新しいメディアのありかた"について書かれている本なんですが、僕自身も、自分でメディアを作りたいと思って、あれこれ調べていた時期があるんです。本を丸ごと全部つくってみたいという思いが昔からあって、だったら自分で出版社を作ってしまえばいいだろうと。でも、出版社を作るのも、雑誌を立ち上げるのも、あまりにも利益率が悪いことがわかって断念(笑)。そこで『著者になる』という道を選んだんですが、この『新世紀メディア論』を読むと、当時とは全然違うメディアづくりの手法がたくさん載っていて興味深い」
『ホットロード』が教えてくれたもの
- 『ホットロード完全版 1 (集英社ガールズコミックス)』
- 紡木 たく
- 集英社
- 1,132円(税込)
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クリエイターというと、“感性勝負"というイメージがある。だが、出版社構想のエピソードからもわかるように、寄藤さんは徹底した論理思考の持ち主であり、“分析好き"でもある。
「小中学生の頃から、どちらかといえば、引いたところがある子供だったような気がします。卒業式でまったく泣けないタイプ。いつもつまんなそうな顔をしていた女子に限って、突然、卒業式で号泣したりしますよね。それが不思議でたまらなくて、凝視しているうちに卒業式が終わっているんです」
10代の頃にハマったのは「北斗の拳」。当時、女子中高生のバイブル的存在だった少女マンガ「ホットロード」も、妹に借りて読んでいたとか。
「当時、『ホットロード』に憧れる人たちが結成した暴走族があったんですよ。夜中に犬の散歩をしていると、国道をパラリラパラリラとバイクで走ってくる。暴走族って、特攻役がまず、交差点に飛び込んで車を止めますよね。でも、ド田舎だから車なんて1台もいない。しかも、信号は黄色点滅。なのに、すごい勢いで飛び込んできて、キーって急ブレーキ踏んで、『よし行け!』みたいに合図を送るわけです。そんな光景を高台から眺めながら、僕は不良への道を諦めました。不良になれば、モテるに違いない。でも、僕にはどう考えても、無理だと」
新聞記者志望から一転、美術の道を歩み始める
子どもの頃から絵を描くのが好きだったという寄藤さん。だが、意外にも高校生の頃は新聞記者に憧れていたそうだ。
「父親の知り合いに、報知新聞で記者をやっている方がいたんです。その人が早稲田大学出身だったので、自分も早稲田大学に行って、新聞記者になろうと思っていたんですが、勉強がまったくできなかった。親も僕が勉強をしないで絵ばっかり書いていることに気づいたんでしょうね。高校2年生の夏休みに『美術予備校に行ってみたら?』と親に勧められるままに、予備校に行ってみたらすごく面白かった」
美術の道に足を踏み入れたのも、グラフィックデザインを専攻したのも「なりゆき」だったと、寄藤さんは笑う。
「美大を受験する時点では単に絵が好きというだけだったので、日本画でも油絵でも何でも良かったんですが、教わった先生がグラフィックデザイナーだったので、デザイン学科を受験。広告の仕事を始めたり、イラストを描くようになったのも大学時代の先輩の仕事を手伝ったのがきっかけです。かなり行きあたりばったりというか、周囲の人に影響されて、次第に進行方向が定まっていった感じです。オピニオンリーダーの後をついて歩く、典型的なフォロワーですね(笑)」
ひらめきと論理性。その絶妙なバランス感覚を育んだ一冊とは
- 『消えた戦法の謎―あの流行形はどこに!? (MYCOM将棋文庫)』
- 勝又 清和
- 毎日コミュニケーションズ
- 756円(税込)
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しかし、目の前に訪れたチャンスをつかみ続けてこられたのには、当然ながら理由がある。例えば、それは明確な目的と、それに対する効果的なアプローチへのこだわり。徹底的にクオリティを追求する姿勢も、その一つだと言えるだろう。そんな寄藤さんが勧める、オトコが読むべき一冊は『消えた戦法の謎』だ。
「これは、将棋の戦法がいかに流行り、いかに廃れたかという歴史をひもといた本です。新しい戦法が出尽くした頃に、今まではもうダメだと思われていたものがじつは、ものすごくいい戦法だったということがわかったりするんですよ。駒の動きそのものは10年前とまったく同じでも、なぜそう動かしたのか? という動機がまったく違う。どう指すかより、なぜ指すかという部分に戦法の進化があるんです。その様子をすごくわかりやすく説明してあります。羽生善治さんの『上達するヒント』もおすすめ。この2冊は将棋の本の中でもぶっちぎりの名著。ビジネスに役立つヒントを示唆するような内容が数多く登場する本でもあります」
偶然であり、必然だった将棋との出会い
- 『ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックス)』
- 柴田 ヨクサル
- 集英社
- 545円(税込)
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- >> ローソンHMV
寄藤さんの将棋との出会いは大学時代にさかのぼる。
「生活に困って、親戚のおばさんにモンゴル土産としてもらった首飾りを質屋に持ち込んだことがあるんです。純金製だと聞いていたのに、金ではないと質屋に言われてショックを受け、なぜか店内にあったボロボロの将棋板を買ってきたのが最初のきっかけ。今も、将棋は好きですね。ネット対戦がほとんどですが、今はプロ棋士もインターネットで打っているので、全体的にレベルが高い。将棋人口も増えている印象があります」
週刊ヤングジャンプで連載中の将棋マンガ『ハチワンダイバー』も大好きな作品の一つだという。
「この漫画の作者は、子供の頃に奨励会に入るかどうか迷ったぐらい、将棋が強いそうです。そのせいもあるのか、マンガの中に登場する局面も、本格的でリアル。将棋をモチーフにした漫画だと、『3月のライオン』も話題になっていますけど、『ハチワンダイバ-』のほうが圧倒的に好きです。将棋を指したことがないという人にもぜひ、読んでみてほしい。将棋の面白さを垣間見ることができる一冊だと思います」
己を知り、自分の手に流れを作る。それが将棋だ。
将棋にはビジネスに必要とされる、たいていのことが詰まっているというのが寄藤さんの持論だ。
「将棋の一手はいわば、『自分はこう考えている』という意思表明です。次の一手はその意思をつなぐものでなければいけません。一手一手ではなく、手と手のつながりで考える。その感覚とビジネスのセオリーはどこか通じるものがあります。例えば、書籍の装丁でいえば、一流の写真家に依頼しておいて、その写真にタイトルをバカでかく乗せちゃったら、写真が死んでしまって手と手がつながりません。写真家にお願いするという一手は、タイトルを小さく、かつ目立たせるという一手がないと、悪い手になってしまうわけです。将棋をやっていると、こういった感覚が自然と身につくんです。また、将棋にはホント、人柄が出ます。自由に動かせる駒の数を増やすことに熱心な人もいれば、一つの駒の質を高めることにこだわる人もいるし、盤上のフォーメーションを重視する人もいる。自分の考え方の癖を知る意味でも、将棋はおすすめですよ」
1973年生まれ。デザイナー。2000年、有限会社「文平銀座」設立。イラストレーションとグラフィックデザインにとどまらず、広告のアートディレクション、書籍の装丁、ロゴ開発など多方面で活躍中。