『本当は怖い昭和30年代』
文=栗下 直也
- 『本当は怖い昭和30年代 〜ALWAYS地獄の三丁目〜』
- 鉄人社
- 566円(税込)
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映画「ALWAYS三丁目の夕日」が公開されて以降、昔を懐かしむ声をよく聞くようになった。社会学者の宮台真司などは「当時ってあんなに町並み綺麗じゃないだろ。ドブくさくてたまらないだろ」と突っ込みをひたすら入れ続けているが、ノスタルジーに浸りたい人びとは意外と多いのだろう。05年に一作目が公開されて以降、人気は根強く今年初頭には第三作目が封切られた。高齢者の方が過ぎ去りし日を懐かしむのはまだ理解できるが、この映画関連のテレビ番組で「昭和30年代に生まれたかった」と二十歳ぐらいの若者が答えていた。椅子から転げ落ちそうになるとはこういうことを言うのか。周りにそのような方がいたら是非この本を渡して欲しい。表紙からして萎えるはずだ。ページを捲れば恐ろしすぎて「現代が大好きです」と背筋を伸ばして答えるに違いない。
少年犯罪、女性の自殺者数、感染症の死者数、寄生虫の感染率など約100のテーマを見開きで1テーマずつ取り上げており、「昔は良かった」幻想を見事なまでに打ち砕く。「ALWAS三丁目の夕日なんて嘘っぱちだ!昭和30年代は地獄の3丁目だ」と定量的なデータを使って粉砕してくれるのだ。出版社が出版社だけにシモ系やら犯罪系やらのトピックスにも目をつぶらないのがなんとも素晴らしい。
例えば最近はロリコン野郎の犯罪が目立つ気がするが昭和30年代には敵わない。「児童ポルノどころか幼女レイプも日常茶飯事」という項目によると、平成17年の幼児(小学生以下)のレイプ被害者は41人。一方、昭和34-39年までは常に毎年400人以上を記録したという。児童の数自体に違いがあるとはいえ、異常といえるほど多い気もする。「当時残っていたのは人情ではなく欲情だ」とまとめているが上手すぎるシメである。
最近は幼児が殺される事件も少なくないが、昭和30年代には敵わない。昭和30年に事件に遭い、殺された幼児の人数は437人で平成21年の12倍。人口構成比を踏まえてもやはり多い。当時は幼児が幼児を殺すケースも目立ち、5歳と6歳の男の子が近所の民家から赤ちゃんを連れ出し、荒縄で縛って40メートル引きずった挙げ句、溝に突き落として殺すという怖すぎる事件も起きている。ちなみに幼児、幼児と朝から連発しているが私自身は変な嗜好はない。
内容以上に、本書の特筆すべきなのは価格。ほぼワンコインである。個人的には素晴らしい内容だと思うが、この価格ならば、買って内容がイマイチでも腹も立たないはずだ。HONZ史上最安値ではないだろうか。あまりの安さのためか、アマゾンで見たら1週間待ちだった(今確認したら在庫あり)。何でそんな人気なのだと思ってググってみたら週刊文春で評論家の宮崎哲弥が推していたらしい。文春、毎週読んでいるのに完全に見逃した。「おそるべし宮崎哲弥」と思ったが、単に刷っている部数自体が少ないだけなんだろう。この時点で本来ならHONZで紹介する気も失せたのだが、本日の深津晋一郎のレビューと関連するので取り上げる。ウソである。書き始めて今更他の本にチェンジできないので突き進むだけである。
安さに加えてというか安さの理由は本書がコンビニ本である点。コンビニ本とは雑誌コーナーの脇に漫画が置いてある棚に紛れ込んでいる紙質からして見るからにチープな本である。『芸能人薬物汚染~』やら『消えた芸能人~』やら『地球外生命体が~』といった感じの本が並んでいるのを見たことがあるだろう。あれである。「誰が買うんだよ」と思っていた人もいるだろうが、私が買うんだよ。「この、ホンズの面汚しが!」とHONZ編集長の土屋敦に罵倒されそうだが、もう十分汚しているので無視である。
「ルワンダ」やら「シャネル」に慣れ親しんでいるHONZ読者には抵抗はあるかもしれないがコンビニ本は目利きさえ間違えなければ、興味を広げるための費用対効果は抜群だ。ネット情報を切り貼りしただけのような寄せ集め本も少なくないのだが、たまに本書のような思わず読んでしまう本に出会う。構成も大概が見開きや数ページで一つのテーマについて解説するため、トイレでぱらぱら捲って「へー」と思ったらその項目に関連する専門書をググって買って読めばいい。HONZ読者も難しい本ばかり読まずにたまには、深夜のコンビニでヤンキーに絡まれながらコンビニ本を漁る生活を送って欲しいものだ。あっ、昭和30年代でもないしネットで買えばいいんだけどね。