『コケの自然誌』 植物を「聴く」人

文=高村 和久

コケの自然誌
『コケの自然誌』
ロビン・ウォール・キマラー
築地書館
2,592円(税込)
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アメリカには「ネイチャー・ライティング」というノンフィクションのジャンルがあるそうだ。
その特徴は「自然科学系の客観的な観察とは異なり、個人的な思索や哲学的思考を含むということ」にあり、内容には
・博物誌に関する情報(natural history information)
・自然に対する作者のリアクション(personal reaction)
・自然についての哲学的考察(philosophical interpretation)
の要素が含まれている。

本書は、ニューヨーク州立大学「ネイティブ・アメリカンと環境センター」のロビン・ウォール・キマラー教授による、「コケ」に関するネイチャー・ライティングだ。先生は20年近い間、クランベリーレイクの小道を裸足で歩いて帰宅しているそうで、湖畔のコケとは学生時代からの付き合いになる。オクラホマのポタワトミ族に属しており、ネイティブ・アメリカンの考え方が随所で紹介されている本でもある。米国自然史博物館がジョン・バロウズ賞に選んだ一冊だ。

思うに、本書は「寝る前の一冊」として最適ではないだろうか?毎日少しずつじっくり読んでいったが、それぞれのエッセイが独立した個別のトピックを取り上げる形になっており、とても趣深い。

また、読んでいると、だんだん落ち着いた気持ちになってくる。自然に関する話だからだろうか。たぶん、人には外界をコントロールしたいという本能があって、いま暮らしている都会には「人の目」が満ちていて、コケの話にはそれがないから落ち着くのだ。なんだか当たり前のことをもっともらしく書いている気がしてきたが、人間の意図を超えているのがコケという自然の良さであり、気持ち悪さだ。つまり、「苔寺」と聞くと、秋だなあ、京都行きたいなあ、と思うけれど、もし自宅のベランダがコケむしていたらどうするかと考えると、非衛生的だと不安になりそうだ、という話である。そうやって、いつの間にか人工の物に安心して暮らしている昨今、本書は、「本」という情報経由であっても、現実の自然の世界について考えるチャンスを提供してくれる。

コケは水中から地上に出てきた最初の植物だ。デボン期の末期、3億5000万年以上前の記録が残っている「植物界の両生類」である。有性生殖と無性生殖の両方を備えており、有性生殖によって遺伝的に変化しながら繁殖することも、無性生殖によって自分と同一のクローンを増やすこともできる。

教授は何百万というヨツバコケの茎を調査し、「密集度」に応じて有性生殖と無性生殖を切り替えていることを明らかにした。密集している区域では「雄株」が増え、胞子を遠くに飛ばした後で疲れ切ったコロニーは茶色く枯れてしまう。逆に、密集度が低い場合には自分のクローンを作る「無性芽」が増え、青々としたコケが空いているスペースに迅速に広がっていく。近くの木が折れて新しい切り口が出来た時などに、最速でそこに展開できることになる。小さなヨツバゴケが、こんな賢い生き残り戦略を行っているのだ。

ジャゴケとゼンマイゴケの住み分けの話も興味深い。川の氾濫データとの比較の結果、「適度な」環境の変化がある時に種の多様性が最も高まると言う「中規模かく乱仮説」が観測された。これは森林火災にもあてはまり、米国林野部が火災を「適度に」消す(もしくは消さない)ことにより、森の健康が保たれている。

コケが乾燥時に「無代謝状態」になり、水が与えられた時に復活するという話もおもしろい。コケを住みかにしているクマムシ・ワムシも、同様の生きているか死んでいるかわかならいモードを持っている。不思議な進化だ。未だに解明されていない事柄が多いらしい。

廃鉱の鉄の上にスギゴケが40年かけて住み着き、それが他の植物が育つベースとなって森の再生に役立っているという話も素敵だ。コケには根が無い事が、鉄の上に生息する際には逆に利点になる。

本書を読むと、コケがいかに見事に他の生き物と調和しているかが良く分かる。植物や昆虫だけでなく、動物も含んだ森の生態系だ。リスなしではやっていけないコケもいるのだ。もちろん、人間もコケを利用してきた。5200年前のミイラ「アイスマン」がアルプスの溶けた氷河から発見された時、彼のブーツにはコケが一杯に詰まっていた。コケは寝具や枕にも利用されていた事が分かっている。キマラー教授は、更にここから踏み込んでいった。そこにコケがあるなら、それには理由があり、コケならではの利用方法が存在するはずなのだ。そして、それは実際にあったのだ。

そんなネイティブ・アメリカン流の考え方が紹介されていることも、本書の魅力の一つになっている。すべての生き物にはそれぞれ役割があり、特有の才能と知恵、魂、物語を持っているという思想である。

" 我々は「お互いに恵みを与え合うクモの巣」だ。"

植物は「それが必要とされる時と場所」にやってくる。何かを見つける最良の方法は、それを探しに行かないことだ。目の隅で見ること。可能性に心を開くこと。そうすれば求めているものが姿を現す。キマラー教授によれば、それは、突然の明晰さと共に、自分と他のモノの世界を隔てる境界線が押しのけられる感覚らしい。

そして、コケを観ることを学ぶのは、観るというより聴くことに近いそうだ。

" コケは、岩の上を流れる水にじっと耳を澄ませるのと同じように観るといい。"

なんだか、苔寺のお坊さんから出てきそうなコメントだ。都会でもいろいろな場所でいろいろなコケが観られるらしい。今日、ちょっと試しに聴きに行ってみようか。

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