『無脊椎水族館』

著者:宮田珠己

定価1944円(税込)

2018年6月20日発売

変な生きものを見ていると実に前向きに陰気になれる。

 

「水族館に行くとほっとする。
 なぜほっとするのか。何か理由があるにちがいない。でも、理由なんてどうでもいい。

 つらいときや疲れたとき、そのほかとくに問題ないときも、水族館に行って、じっと水槽を眺める。すると、あっという間に夢中になる。
 どの水槽もいいが、なかでもおすすめは無脊椎動物の水槽である。クラゲや、イカ、イソギンチャクやウミウシなどの無脊椎動物は、よくよく考えると理解に苦しむ姿で暮らしている。なぜそんな変なカタチなのか。どうしてそんな奇妙な動きなのか。
 思わずじっと見入ってしまい、いつまでも水槽の前から離れられない。
 わたしの見る限り、水族館で何か画期的な事件が起きているとすれば、それは無脊椎動物の水槽においてである。
 あの、館内順路の終わりのほうにある、薄暗い廊下に小さな水槽が並んだ驚異のゾーン。世界の秘密はそこにある。
 クラゲのたゆまぬ無心な動きや、イカの突然の色の変化、ヒトデのどこか思索的な姿に、ウミウシの美しい色合い、そしてイソギンチャクの不気味なゆらめき。そういった得体の知れない生きものたちの真の生きざまこそが、水族館でもっとも見るべきものだ。
 彼らに関して詳しいことは知らない。その生態を深く知ろうとも思わない。それよりただじっと見ていたい。ただ見て、その変なカタチと動きに呆れ、驚き、そしてときどき、こうつぶやくのである。
 わけがわからん。
 現実とはわけがわからないもの。それで当然なのだ。わけのわかる現実など、なにほどの魅力があろうか。
 水族館へ行って、無脊椎動物を見る。
 いろんなことは、そのうちなんとかなるだろう。」

(「無脊椎水族館のすすめ」より)


人生の路頭に迷ったら水族館へ行こう。

くつろぎ水族館紀行
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〔目次〕
無脊椎水族館のすすめ
葛西臨海水族園
新江ノ島水族館
マリンピア日本海、寺泊水族博物館
アクアマリンふくしま
横浜・八景島シーパラダイス
鳥羽水族館
海響館、うみたまご
須磨海浜水族園
越前松島水族館、名古屋港水族館
加茂水族館
アクアワールド大洗
海遊館、京都大学白浜水族館
エビとカニの水族館、串本海中公園
いおワールドかごしま水族館
あとがき

〔著者紹介〕
宮田珠己(みやた・たまき)
紀行エッセイスト。好奇心のおもむくまま、得体の知れないエッセイを多数執筆。現在は懸垂式モノレールのホームページ作りにハマっている。もし明日世界が滅びるとしたら、最後に見たい海の生きものはコブシメとエイ。

 主な著書に『ウはウミウシのウ シュノーケル偏愛旅行記』『ときどき意味もなくずんずん歩く』(ともに幻冬舎文庫)、『旅の理不尽 アジア悶絶編』(ちくま文庫)、『だいたい四国八十八ヶ所』(集英社文庫)、『東京近郊スペクタクルさんぽ』(新潮社)などがある。 

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