分断と格差が生み出す『絶望死のアメリカ』

文=冬木糸一

  • 絶望死のアメリカ
  • 『絶望死のアメリカ』
    アン・ケース,アンガス・ディートン,松本 裕
    みすず書房
    3,960円(税込)
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  • ヒトはなぜ自殺するのか
  • 『ヒトはなぜ自殺するのか』
    ジェシー・ベリング,鈴木光太郎
    化学同人
    2,970円(税込)
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  • 映像編集の技法 傑作を生み出す編集技師たちの仕事術
  • 『映像編集の技法 傑作を生み出す編集技師たちの仕事術』
    スティーヴ・ハルフィッシュ,佐藤 弥生,茂木 靖枝
    フィルムアート社
    3,520円(税込)
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  • 科学探偵 シャーロック・ホームズ
  • 『科学探偵 シャーロック・ホームズ』
    J オブライエン,日暮 雅通
    東京化学同人
    3,080円(税込)
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  • ‟もしも″絶滅した生物が進化し続けたなら ifの地球生命史 (Graphic voyage)
  • 『‟もしも″絶滅した生物が進化し続けたなら ifの地球生命史 (Graphic voyage)』
    土屋 健,藤原 慎一,椎野 勇太,服部 雅人
    技術評論社
    3,520円(税込)
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 アメリカ人の平均寿命が、二〇一五年から三年連続で減少し、先進国の中でも異例といえる動きを示している。その大きな要因として挙げられているのが、自殺、薬物依存、アルコール関連疾患の三つをまとめた絶望死と呼ばれる死因で、これが現在アメリカ人、中でも働き盛りの中年の白人男女の命を蝕んでいる。いったいアメリカで今何が起こっているのか。その実態を描き出していくのが、アン・ケース、アンガス・ディートン『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』(松本裕訳/みすず書房)だ。

 問題は絶望死そのものというより、これが明らかにする国内の分断だ。たとえば、絶望死の内訳をみていくと、死者が増えているのは四年制の大学に行っていない層だとわかる。この層では、九五年から二〇年の間で絶望死が十万人あたり三七人から一三七人に増えていて、学士号を持つ層ではそのリスクはほとんど変わっていない。また、四五〜五四歳の白人死亡率は九〇年代の前半から一定を維持しているように見えるが、学士号未満の白人は死亡率が二五%増加していて、学士号を持つ白人は四〇%も減少しているという、極端な学歴格差が存在している。その背景には、グローバル化による工場移転、自動化による労働の減少など様々な要因が考えられるが、絶望死の増加は先進国ではアメリカだけで起こっていることだ。なぜこれがアメリカで起こっているのか。その原因としては、慢性的な痛みに対して過剰に処方されている薬物オピオイドの存在や、先進諸国と比べて約三倍も高額な薬剤をはじめとする医療システムの問題が複雑に絡み合っている。中毒者を増やすことで利益を増やす製薬会社、ロビィ活動に金をかけることで、より金持ちが優遇されていくシステムなど、本書の議論はみな資本主義の失敗に繋がっている。アメリカが現在の苦境を乗り越えることができるのか、我々が同じ道を進まないようにするために何をしたらいいのかなど、多くの問いかけと答えを内包した一冊だ。

 絶望死との関連で紹介したいのが、ジェシー・ベリング『ヒトはなぜ自殺するのか』(鈴木光太郎訳/化学同人)だ。自身の実体験と共に、自殺願望が、なぜ、どのような過程を通して起こるのかを科学的に解き明かしていく。そもそも、なぜ人は自殺をするのだろうか。自殺をした人間は遺伝子が途絶えるから、進化論的に考えると自殺をもたらす遺伝子は数を減らしていくはずである。これには今、明確な答えはないが、自分の直接的な繁殖の見込みがなく、生き続けることが血縁者の繁殖を妨げ遺伝的成功を脅かす時、自殺を妨げる淘汰圧は存在しないから、自殺は進化的適応の結果であるとする説。自殺はあとに残されたものに多大なダメージを与え繁殖可能性を減らすから、自殺は病気の結果説など、相反する複数の仮説がある。こうした、種レベルでの自殺の原因分析とは別に、自殺を思い立った人間がどのような心理的段階を経て決行に至るのかという話まで多様な観点から人の自殺という事象を解体してくれている。

『映像編集の技法 傑作を生み出す編集技師たちの仕事術』(佐藤弥生・茂木靖枝訳/フィルムアート社)は、映像編集技師であるスティーヴ・ハルフィッシュがインタビュアーとなり、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』や『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』といった超大作映画、『ブレイキング・バッド』のようなドラマが、いかなる技術と努力のもと編集されていくのかを追った一冊だ。映画館に座った時我々の前に現れるのは一本の編集された映像だが、撮影時には同じシーンを何度も繰り返しとり、カメラも何台もあって、映像編集技師は無数の映像の中から最適なシーンを繋ぎ合わせていく。どのように全体のリズムを整えるのか、意味が通らない箇所をどうごまかすのか、どう削るのか、音楽の使い方についてなど、編集技師の仕事は多岐にわたる。そうした映像編集の難しさや楽しさは文章を編集することにも通じていて、映像だけでなく幅広いジャンルで「編集」に関わる人におすすめしたい。

 J・オブライエン『科学探偵 シャーロック・ホームズ』(日暮雅通訳/東京化学同人)は世界一有名な探偵シャーロック・ホームズの中でも、とりわけ特徴的な「科学の知識を捜査に利用する」側面に注目した一冊だ。たとえば、ホームズは当時はまだ珍しかった指紋鑑定を筆頭に、足跡の分析、筆跡鑑定、暗号学など様々な科学的な分析を推理に活かしていた。本書の魅力は、そうした要素をただピックアップするだけではなく、約六〇編ある物語の中から各技術が用いられているエピソードを抜き出してきて、その特徴を当時の技術レベルの背景まで含めて比較していくところにある。また、著者であるコナン・ドイルが後年に心霊主義に傾倒していき、ホームズもまた科学の人ではなくなっていく過程も描き出していて、批評的にも読み応えがある。

 土屋健『"もしも"絶滅した生物が進化し続けたなら ifの地球生命史』(服部雅人イラスト/技術評論社)は、三葉虫やスピノサウルスなど、絶滅した種族が仮に生き残って進化を続けていたらどんな姿形と生態になっていたのかを描き出すSF的なノンフィクションだ。文章だけでなく、正面、側面、上面からのイラスト、想定される生活の場面などがイラストとして描き起こされ、フルカラーでおさめられていて、ペラペラとめくるだけで楽しい。二億年後の地球の生態系を描き出した『フューチャー・イズ・ワイルド』や、人類滅亡後の動物世界を描き出した『アフターマン』といった「未来の架空動物」本の名著に連なる快作だ。

(本の雑誌 2021年4月号掲載)

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●書評担当者● 冬木糸一

SFマガジンにて海外SFレビュー、本の雑誌で新刊めったくたガイド(ノンフィクション)を連載しています。 honz執筆陣。ブログは『基本読書』 。

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