『神さまの貨物』が伝える戦争の影と命の光
文=林さかな
『神さまの貨物』(ジャン=クロード・グランベール/河野万里子訳/ポプラ社)には、これがあったら生きていけると思える幸福感が書かれている。けれど甘い話ではない。おとぎ話の体で戦争の残酷さを描く厳しい物語だ。
戦争が起こり、列車で絶滅収容所に移送される家族がいた。母親は双子が生まれたばかりで幸せいっぱいだった。赤ちゃんにお乳をやり生き延びる意欲に満ちていた、最初の頃は。しかし、食べるものもないなかでお乳は出なくなる。父親は考えた。二人のうち、一人だけでも助けられないかと。そして赤ん坊を荷物のようにくるみ、列車の窓からほうりなげた。その列車を日々眺めていた木こりのおかみさんがいた。おかみさんは子どもを欲しかったが授からなかった。それでも願っていたところ、列車から願いが届いたのだ。
読んでいて私は最初の赤んぼうを授かったときの気持ちがわきあがってきた。おかみさんの純粋な喜びはよく知っているものであり、最初はわずらわしく思っていた木こりすらも、赤んぼうの愛らしさに気づいてからは、おかみさんと同じように"あたたかな喜びに満ちあふれるやさしさ"を知る。貧しい木こり夫婦にもたらされたものは、人間が生きていくのに必要で大事なことだ。
戦争の影と命の光が凝縮されているこの物語は、二度と戦争をしてはならないという強いメッセージも発している。読んだのならそのメッセージをしかと受け止めなくてはいけない。
『医療短編小説集』(石塚久郎監訳/平凡社ライブラリー)は、このご時世ゆえに「医療」というキーワードに興味を引かれて手に取った一冊。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ、サミュエル・ベケット、ジャック・ロンドン、F・スコット・フィッツジェラルド他と錚々たる作家による医療を題材にした作品十四篇のアンソロジー。十四篇の内、七篇が本邦初訳となっている。
詩人として認識していたウィリアムズが開業医をしながら小説を書いていたことを遅まきながら本書で初めて知った。ウィリアムズの小説は二篇入っており、そのうちの「力ずく」は小児科医が少女を診察する一部始終を描いている。診察を拒む少女の喉を、医師が無理矢理こじあけようとするパワーの発露が読ませる。
『死について考える本』(メリー=エレン・ウィルコックス/おおつかのりこ訳/あかね書房)もまたコロナ禍で日々死者の数が報道されるなかで読んだ。世界各国で何人罹患し、何人が亡くなったのかという数字の羅列は「死」の向こうにリアルな人がいることをみえなくさせているように思えていた。見えないもの、知らないことは怖い。だからいま感染症の本もよく読まれているのを聞くと納得する。怖いものも、知ると怖さの質が変わる。
子ども向けに書かれているが、大人にとっても生と死について冷静に考える良き入門書となっている。そして、本書を読んだあとだからこそ、『レイラの最後の10分38秒』(エリフ・シャファク/北田絵里子訳/早川書房)のリアリティを感じた。
路地裏で心臓が事切れたあと、十分三十八秒意識が残っていた、テキーラ・レイア。望まない死が突然彼女を襲い、意識だけが残り、一秒一秒いままでの人生をアットランダムに回想しはじめる。自由を求めて選んだレイアの道は、親に押しつけられたものではなかった。つらいことの多い人生だったが、得難い五人の友人たちに出会った。自分を曲げなかったからこそ、死の淵においてもレイアの生は光っていた。
『雷鳴に気をつけろ』(ジム・トンプスン/真崎義博訳/文遊社)の作者はノワール作家として知られているが、本作は普通(?)小説。
ヴァードンという小さな村を舞台に、村人たちの人間模様が群像劇のように描かれる。たくさんの村人が出てくるので、物語についていくために、人の名前をメモしながら読むといい。小さな村でよくありがちの、同じ苗字の人が複数登場し、人間関係はひたすら狭く濃い。けれど、人とのつながりを把握しながら読むと、がぜんおもしろくなってくる。
文章も艶めかしく濃い。季節を描写するのに「春は、乙女のように谷のベッドに滑り込んだ。甘えてすり寄るかと思えば抵抗し、茶色い巨人に抱かれながら身悶えして泣きじゃくった」と誘ってくる。狭い村の狭い人間関係の淀みはどろりとしていて、明るさはないのだが、独特な苦みが嫌に思えなかった。
『アウグストゥス』(ジョン・ウィリアムズ/布施由紀子訳/作品社)も読みごたえのある一冊。ユリウス・カエサルが暗殺され、十九歳のオクタウィウスが後継者となる。初代ローマ皇帝アウグストゥス(尊厳者)の称号を贈られ、生涯を終えるまでを、周りの人々の書簡や覚え書き、回顧録をいくつも重ねて元首の生涯を浮かび上がらせる。複数の視点で書かれているからこそ、人となりが厚みを増す。
歴史には英雄がいて、女性がいて、生まれてくる子どもたちがいる。史実に基づきつつ、創作されたアウグストゥスの時代が緻密に編まれ、深みのある筆致を追いながら、遠い時代に思いを馳せた。
最後にご紹介するのは『かじ屋と妖精たち イギリスの昔話』(脇明子編訳/岩波少年文庫)。つかれた時や気持ちを軽くしたい時に読むのに民話ほどうってつけのものはない。過剰な言葉は一切排除し、簡潔できりっと話がまとまっている。
好きな民話をひとつふたつ知っていると、心の栄養になる。本書でぜひ手に入れて欲しい。
(本の雑誌 2020年12月号掲載)
- ●書評担当者● 林さかな
一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」
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