壇蜜と一緒に死と生とエロスを考える!
文=仲野徹
今月の一冊目は、壇蜜の『死とエロスの旅』(集英社)を。NHKのBSで放送された、同じ題名の番組の書籍化である。壇蜜にエロスを語らせるNHK、かなり攻めの姿勢であるが、なかなか真面目な内容のおもしろい番組だった。
エロスといえば、もともとギリシャ神話の愛の神様だ。だから、エロスがなければ生はありえない。そして死も。
旅の目的地は、ネパール、メキシコ、そしてタイ。それぞれ、ヒンドゥー教、キリスト教、仏教と、異なった宗教の国々で、死と生、そして性に考えを巡らせる壇蜜さん。
ちょっとがっかりされる向きがあるやもしれないが、メインはエロスや性よりも死である。
カトマンズでは性が宗教に組み込まれていたりする。メキシコには死者の祭りがあり、男でも女でもない「ムシェ」と呼ばれる人たちがいる。タイでは地獄のテーマパークがあり、葬儀の後で婚活がおこなわれる。
ご存じの方が多いかもしれないが、壇蜜さんはエンバーマー(遺体衛生保全士)の資格を持ち、大学の医学部で屍体を扱う仕事に従事したこともある。そういった経験に基づいた確固たる死生観が垣間見える。
と書くと堅苦しい本に思えるかもしれないが、そんなことはない。むしろ、重要なテーマを壇蜜さんが軽いタッチで語っていく、といったところだ。ラストに載っているイラスト日記を見たら、みんな、もっと壇蜜さんが好きになるはず。
どうでもええけど、檀ふみさんの場合は檀さんと書くのが普通みたいな気がするけど、壇蜜さんの場合は壇さんではものたりん感じがしますな。
死と生と性、いずれも悩みの根源みたいなところがある。それだけではないが、悩みの相談は明治以来、人気のジャンルだ。二冊目はノンフィクション作家・髙橋秀実さんの『悩む人』(文藝春秋)を。
ヒデミネさんのご本はたくさん読んでいるが、人生相談の回答者をしておられたとは知らなかった。ヒデミネさん、ご本の内容から、なんとなくいつも悩んでおられる印象がある。そんな人に悩みをぶつけたら、よけいややこしいのとちゃうの...
などと思って読んだが、心配は無用だった。意外にも、どうしてそういうことに悩むのか、というコメントがけっこう多い。ヒデミネさん、わたしが持っていたイメージとは違って、悩みからは遠いのかも。
快刀乱麻というよりは、とてもソフトに回答しておられる。しかし、この本は、人生相談回答集ではない。実際にあった人生相談へのヒデミネさんの回答を紹介しながら、寝技のように哲学へとアウフヘーベンしていくという内容だ。
当然のことながら、人生相談の回答は、回答者によって大きく異なってくる。ヒデミネさんは、基本的に相手を受け入れるという立場である。そのようなスタンスをとられる最大の理由は奥様にありそうだ。本の中に繰り返し出てくるが、奥様の存在なしにヒデミネさんの人生相談はありえない。
西行、親鸞、芭蕉、良寛。なんとなく生き方がうらやましい人たちではないだろうか。その四人の後半生、五木寛之の本で有名になった「林住期」、を紹介する『「身軽」の哲学』(新潮選書)は、宗教学の泰斗、山折哲雄先生の本だ。
それまで背負ってきた責任や思想から自らを解き放つため、旅に出て「うた」を作った四人。聖ではないが、俗でもない。身軽になった開放感がすばらしい。
ふつうの人にはできそうにない。それに時代も違う。しかし、どこかで覚悟をして、身軽になることが必要だといわれると、そんなことないわ、とはとても言える気がしない。
装備をミニマムにして、食糧を現地調達するという独自のスタイルを貫く登山家・服部文祥さん、身軽といえば身軽だ。ただ、その『サバイバル登山入門』(DECO)を読むと、かなり過酷であることがよくわかる。
いったい普段はどんな生活をしたはるんやろう、という気持ちが湧いてくる。その奥さん、服部小雪さんの『はっとりさんちの狩猟な毎日』(河出書房新社)を読むと、その興味が十分に満たされる。
二男一女と奥さん。そこへ、ニワトリ、犬、猫。それに、タイトルにあるように、狩猟な毎日であるから、住宅街にある家の庭で鹿を解体したりする。いやぁ、日常からしてサバイバル。
そんな日々が、自筆のかわいらしいイラストと共に綴られている。絵にしたらかわいいけど、実際はそんなに甘いもんとはちゃうでしょうなぁ。
巻末に「普通でいてくださいと言われても無理です」と題された文祥さんのエッセイがついているのもいい。いやぁ、無理でしょう。ごもっともです。
はっとりさんちの日常は、世間的には非日常だ。南極観測隊となれば、誰にとっても非日常である。『クマムシ調査隊、南極を行く!』(鈴木忠/岩波ジュニア新書)は、そんな非日常的な生活を日常的に営んだクマムシ博士の本である。
南極にもクマムシがいるので、その研究のための極地行きだ。しかし、本の内容は、南極の自然と観測隊の日常生活がメイン。行ってみたいようなそうでもないような気がしてたまりませんで。
最後の一冊は『図説 世界史を変えた数学 発見とブレイクスルーの歴史』(ロバート・スネデン/上原ゆうこ訳/原書房)を。
「数字」や幾何学の始まりから、遠近法、確率、微積分、無限、ゲーム理論からカオス理論まで。いろんな数学が美しい図とやさしい解説で紹介されていく。ものすごくわかりやすい。読み終わった時、絶対、あぁ賢くなったと納得できます。
(本の雑誌 2019年9月号掲載)
- ●書評担当者● 仲野徹
1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒業、3年間の内科医として勤務の後、基礎研究の道へ。本庶佑教授の研究室などを経て、大阪大学医学部教授に。専門は「いろいろな細胞はどのようにできてくるのかだろうか」学。『本の雑誌』を卒業し、讀賣新聞の読書委員に出世(?)しました。趣味は、僻地旅行、ノンフィクション読書、義太夫語り。
- 仲野徹 記事一覧 »