本年度ベストSF上位候補小川哲『嘘と正典』が出た!
文=大森望
ベストテン年度もいよいよ最終コーナーですが、伴名練『なめらかな世界と、その敵』に続いて、今年のベストSF国内篇上位を争いそうな短篇集が登場した。小川哲『嘘と正典』(早川書房)★★★★½がそれ。全6編のうち4編はSFマガジン初出だが、必ずしもSFばかりではないというか、SFネタじゃないもののほうが不思議と輝いて見える。
プリースト『奇術師』にオマージュを捧げたかのような巻頭の「魔術師」は、希代のマジシャン・竹村理道が演じた"タイムトラベル"マジックの謎が核になる。彼のタイムマシンははたして本物なのか? "サーストンの三原則"をことごとく破りつつ、小説ならではのマジックを鮮やかに仕掛ける1篇。電子版が無料配信中なので、著者の実力に懐疑的な人はまずそちらの試し読みからどうぞ。
続く「ひとすじの光」は、実在のダービー馬スペシャルウィークの血統を遡りつつ、死んだ父がなぜ自分に競走馬(12戦未勝利の5歳牝馬)を遺したのかという謎の解明を通じて息子が父を理解してゆく、たいへんユニークな競馬小説。4話目の音楽小説「ムジカ・ムンダーナ」も同様の構造で、高名な作曲家だった父親にピアノのスパルタ教育を施されたものの、やがて反抗し決別した過去を持つ"僕"が語り手。父が遺したカセットテープに収められていた、聴いたことのないオーケストラ曲の謎を解くため、父の足跡をたどり、500人ほどの島民が音楽を通貨として暮らしているという、フィリピンの島へ飛ぶ......。
その他、「時の扉」はテッド・チャン「商人と錬金術師の門」風の叙述を採用した改変歴史SF。「最後の不良」は"流行"が消滅した近未来でヤンキースタイルを復活させる男を描く筒井康隆風のライトな小品。書き下ろしの表題作は、共産主義の誕生をめぐる歴史改変ものの本格SF。SF作家としての実力も充分うかがえるが、同世代の伴名練とは対照的に、SFそのものにはあまり興味がなさそうに見えるのが面白い。
神林長平『レームダックの村』(朝日新聞出版)★★★½は、パワーローダーの同時多発暴走による文明崩壊の予兆を描く『オーバーロードの街』の続篇。佃島に建設されたゲーテッドコミュニティが主舞台だった前作に対し、今回は地方の村が舞台。電子データの蒸発で金融システムが崩壊、この未曾有の大災厄のさなか、ムラは生き残りをかけて国家に戦いを挑む。前作からの変わりっぷりもすごいが、終末SFとしては破格。意表をつく展開にふりまわされる。
高島雄哉『エンタングル:ガール』(創元日本SF叢書)★★★½は、2006年放映のTVアニメ「ゼーガペイン」のスピンオフノベル。舞浜南高に進学し、映研に入った守凪了子は、8月31日締切の自主映画コンテストを目指し、学校の七不思議を題材にした青春ドラマを撮影しはじめる......。
井上真偽『ベーシックインカム』(集英社)★★★½は、SF設定を使った全5話の本格ミステリ短篇集。第70回日本推理作家協会賞短編部門にノミネートされた「言の葉の子ら」をはじめ、近未来の日本を背景に、AI、遺伝子操作、VR、身体増強など、新たなテクノロジーが人間の日常生活にもたらす変化を描く──と要約すると、テッド・チャンか藤井太洋かみたいな感じですが、SF設定が本格ミステリ的な謎の解明と密接に結びついているのが最大の特徴。たとえば、「もう一度、きみと」では、失踪した妻が直前まで体験していた観賞型VRソフトが焦点。「鎌倉怪談」シリーズの新作だという問題のタイトル「雪之下飴乞幽霊」は、いわゆる"子育て幽霊"もののバリエーションで、夜ごと飴屋のもとに飴を買いに来る女の幽霊の物語だが、映画のように外から見るだけでなく、登場人物の目になって体験することもできる。ですます調で語られるこの作中作の出来もすばらしいが、VR技術を介することで古典的な怪談が現代人の心の謎と鮮やかに結びつくのが読みどころ。
一方、今年の鮎川哲也賞を受賞した方丈貴恵のデビュー長篇『時空旅行者の砂時計』(東京創元社)★★★½は、タイムトラベルSFをプラスした本格ミステリ長篇。過去に戻って事件の謎を解けば最愛の妻の命が救えるかも──ということで、主人公は"奇跡の砂時計"に導かれて2018年を旅立ち、妻の先祖にあたる竜泉家の5人が惨殺される悲劇が起きた1960年の事件現場へと赴く。
正直、既視感ありまくりの舞台設定だし、SFネタもあまりに古臭く、途中で投げ出しそうになりましたが、後半の展開にびっくり。まさかアレをこんなふうに使うとは! 多少の粗はあるものの、めったに味わえない"SF本格"の醍醐味が堪能できる。
ザミャーチン『われら』(松下隆志訳/光文社古典新訳文庫)は、1977年の小笠原豊樹訳以来、42年ぶりの新訳(他に岩波文庫の川端香男里訳がある)。オーウェル『一九八四年』、ハクスリー『すばらしい新世界』と並ぶ三大ディストピアSFの一角にして、いちばん最初に書かれた作品(1921年完成)だが、この新訳でぐっと現代的になった感じ。
最後にノンフィクションを一冊。稲葉振一郎『銀河帝国は必要か?』(ちくまプリマー新書)は『宇宙倫理学入門』に続く──というか一部重なる──論考。副題のとおり、テーマが"ロボットと人類の未来"ということで、アシモフの《ファウンデーション》シリーズ(とりわけ、《ロボット》シリーズと合流した80年代以降)が大きくクローズアップされ、ロボットと銀河帝国の未来が意外な角度から分析される。
(本の雑誌 2019年12月号掲載)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »