伝法作品集からアンソロジーまで日本SF短編夏祭りだ!
文=大森望
-
- 『枝角の冠 第3回ゲンロンSF新人賞受賞作 ゲンロンSF文庫 (株式会社ゲンロン)』
- 琴柱 遥,大森 望
- 株式会社ゲンロン
-
- 商品を購入する
- Amazon
-
- 『推しの三原則 第3回ゲンロンSF新人賞大森望賞受賞作 ゲンロンSF文庫 (株式会社ゲンロン)』
- 進藤 尚典,大森 望
- 株式会社ゲンロン
-
- 商品を購入する
- Amazon
今月の日本SF界隈で最大の話題は、高山羽根子『首里の馬』★★★★★の芥川賞受賞。中身は大塚真祐子さんのページで紹介されてるので詳述しませんが、資料館とクイズと宮古馬の三題噺(?)から最後に立ち上がってくる大きなテーマは、劉慈欣《三体》3部作(特に第3部『死神永生』)やテッド・チャン「息吹」と通底する。SF用語を使わずにSF的ヴィジョンを描く手法は、10年前、第1回創元SF短編賞の佳作を受賞した「うどん キツネつきの」の時から変わってない。
ちなみに高山さんちはお祝いの胡蝶蘭と電報の山に埋まってるそうで、それを聞いた東京創元社の編集者がグループLINEで「すみません、うちも伝法を送ってしまいました」と誤変換したばかりに、「さすが草原ww」といじられまくる事案も発生したわけですが、今月の日本SF一番の目玉は、その酉島伝法(第2回創元SF短編賞受賞者)が創元以外で初めて出した『オクトローグ 酉島伝法作品集成』(早川書房)★★★★★。「環刑錮」「金星の蟲」「橡」「ブロッコリー神殿」など、'14年~'17年発表の7編に書き下ろし1編を加えた著者初の(連作を除く)短編集。いろんな媒体に載った作品を集めた結果、〝酉島SFのつくりかた〟が見えやすくなっているのが特徴。新作「クリプトプラズム」は、もともとの意識(生来体)から分離したコピー人格(分岐識)である〝わたし〟が、宇宙空間に広がる膜状の謎めいた物体〝オーロラ〟と遭遇、そのサンプルの培養実験を試みるうち、思いがけない結果が......というイーガン流の実験SF。他の7編の詳細は、大森の巻末解説を読んでね。
今月はこの『オクトローグ』を筆頭に日本SF短編夏祭り。アンソロジーの目玉は、〝2010年代、世界で最もSFを愛した作家〟(塩澤快浩)の異名を持つ男が20年余の読書歴から選び抜いた2冊、伴名練編『日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙』と『日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族』(ハヤカワ文庫JA)★★★★½。前者は390頁で9編、後者は420頁で11編収録。計20編のうち、90年代が6編、ゼロ年代が7編を占め、とびぬけて古い光波耀子「黄金珊瑚」(61年)と、中原涼「笑う宇宙」(80年)を除く18編は'89~'16年の発表と、全体に比較的新しめ。第一世代~第三世代がすっぽり抜けているのは、"日下三蔵『日本SF全集・総解説』で紹介されている作家は外す"という方針のせいらしい。ほとんどは個人短編集未収録のレアトラックで、作品配列にも趣向が凝らされている。とりわけ『怪奇篇』前半の中島らも「DECO-CHIN」~山本弘「怪奇フラクタル男」~田中哲弥「大阪ヌル計画」 ~岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」、『恋愛篇』後半の扇智史「アトラクタの奏でる音楽」~小田雅久仁「人生、信号待ち」~円城塔「ムーンシャイン」という並びが絶妙。各編の作家解説は3頁(たまに5頁)に及び、編集後記にも膨大なSFアンソロジーガイドが入っているので、〝若い人〟はぜひこれを手引きに山ほど短編を読んでください。
なお、同書がカバーしていない最新の日本SF短編は、創元SF文庫から竹書房文庫に移籍して新たにスタートする日本SF短編年次傑作選の第1弾『ベストSF2020』(大森望編)をどうぞ。
さらに、新人の中編を単独で電子書籍化する新レーベル、ゲンロンSF文庫から、昨年の第3回ゲンロンSF新人賞を受賞した琴柱遥『枝角の冠』★★★½と、同賞選考委員特別賞(大森望賞)を受賞した進藤尚典『推しの三原則』★★★が出ている。前者は、女だけが暮らす共同体で最も強い一人が枝角を生やした四本脚の〝男〟に変身するという設定の寓話的なジェンダーSF。後者は、厄介ヲタにキレたアイドル(兼AI研究者)がヲタクをAIに置き換えた結果、アイドル現場から人間が排除されるという予見的な(?)ディストピアSF。ともに150枚を超える中編で、タイプは正反対ながら、それぞれ読みどころがある。
佐々木譲『図書館の子』(光文社)★★★★は、全6話の時間SF連作集。16世紀初めのフィレンツェで焼かれた謎の(オーパーツ的な)磁器をめぐる「錬金術師の卵」を別にすると、おおむね昭和と戦争を軸にしてゆるやかにつながるが、各編は独立している。表題作は、ある吹雪の夜、図書館に閉じ込められた少年の物語。最終話の「傷心列車」は長編になりそうな題材の一部を切りとった短編で、一番SF色が濃い。
時間SFつながりで、アナリー・ニューイッツ『タイムラインの殺人者』(幹遙子訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★は、ユニークな社会派改変歴史戦争もの。数億年前から存在する5基の〈マシン〉により、人類文明のあらゆる時代で時間旅行が可能となった世界線を背景に、女性の参政権および性と生殖に関する権利を求めるグループと、それに反対する集団との熾烈な〝タイムライン編集合戦〟が描かれる。2022年の時間旅行者テスが赴く1893年のシカゴ万博パートが楽しい。女性たちの戦いを描く点(+α)はジェミシン『第五の季節』と共通。著者はio9の創始者でGizmodo編集長。それもあってか、(社会的・政治的な意味で)現代SF最新モードの典型のような作品。
最後に、『フレドリック・ブラウンSF短編全集3 最後の火星人』(安原和見訳/東京創元社)は、収録16編のうち5編(4編はマック・レナルズと共作)が本邦初訳で、分量的には全体の4割弱。中では、外敵の記憶を奪って身を守る金星ドロガメの捕獲を試みる「六本足の催眠術師」が楽しい。
(本の雑誌 2020年9月号掲載)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »