【今週はこれを読め! SF編】メガストラクチャーの宇宙、遠未来の悪夢

文=牧眞司

  • BLAME! THE ANTHOLOGY (ハヤカワ文庫JA)
  • 『BLAME! THE ANTHOLOGY (ハヤカワ文庫JA)』
    九岡望,小川一水,野崎まど,酉島伝法,飛浩隆,弐瓶勉,弐瓶勉
    早川書房
    924円(税込)
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 伊藤計劃の原作をアニメ化する「Project Itoh」とのタイアップが成功したせいかどうかわからないけれど、早川書房のSFラインがいろいろ面白いコラボレーション企画を仕掛けている。本書は、弐瓶勉の漫画『BLAME!』の設定を借りて、5人の作家がオリジナル・ストーリーをつくるという、シェアード・ワールド・アンソロジーだ。『BLAME!』は弐瓶さんのデビュー作(もとは短篇として描かれた)にして、初期の代表作(長篇化して全十巻、現在は新装版で全六巻)であり、今年5月に劇場アニメが公開された。無秩序かつ無限に増殖しつづける遠未来の超構造物(メガストラクチャー)世界を舞台にしている。

 通常のだんどりなら、まず、おおもとの漫画を読んだうえでこのアンソロジーに取りかかるところだろう。しかし、あえて原作にふれず、いわば白紙の状態で収録各篇を鑑賞してみようと思いたった。そのほうが物語の強度やSFとしての堅牢性をただしく計れるからだ。

 ......というのは建前で、まあ、座興のようなものですね。作者のみなさんのお手並み拝見くらいの軽い気持ち。

 しかし、読み進むうちに、そんな座興気分は吹きとんでしまった。5人の作家はまったく手加減をしていない。活字SFを読みなれていない漫画読者向けに、語彙や表現を緩和したり、アイデアや設定を感覚的にわかるように調整するのではなく、ガチで小説書いている。それぞれの持ち味を思いきり発揮している。

 酉島伝法「堕天の塔」は、例によって異様語彙・異様生態系・異様景観の三拍子揃ったテキストで、描かれているものごとだけではなく空間そのものが歪んでいるかのような、独自のゴシック宇宙を創出してしまう。この作風をいいあらわす言葉はないものかといつも考えるのだけど、なかなか適当なのが見つからない。崇高美(サブライム)と鳥肌(サブイボ)のあいだくらいの感じなんだが。

 これは、月の発掘に携わっている作業員たちの物語だ。「月での発掘」ではない、「月の発掘」だ。メガストラクチャーに囲まれている月を掘りおこすのだ。「俺さ、三日月ってのを、いつか発掘してみたいんだ」「三日月? それは満月の中に収納されているんじゃないのかな」なんて会話がさらりと出てくる。

 伝説によれば、太古の無階層空間には、満月や三日月など形態の異なる十二の月が存在し、極大の見えない円周上に並んで、茫洋とした時空の流れに刻みをつけていたという。

 さて、発掘作業中に事故が起こり、十七階建ての作業塔が十三階で分断されて上層四階が、大陥穽と呼ばれる竪穴に吸いこまれて落下をする。生存者五十人は底に激突する前に脱出しようと試みるのだが、うまくいかない。そのうえ、竪穴の壁面(メガストラクチャーによって構成されている)を観察していると、無限にループしているようなのだ。

 作業員たちは記録用に緊急保存パック(「モリ」と呼ばれる)を携えている。モリは失われたテクノロジーの産物であり、何度もデータを上書きしてリサイクルされていた。そのうちの一台がたえず意味不明の独り言を呟いている。物語が進むうちに、それがじつは語りかけであり、モリには会話性能があるとわかってくる。

 そのモリはいう。



「何を言っているんだい。君だって僕じゃないか「覚えているだろう? 僕は当時のありとあらゆる階層に足を踏み入れたものじゃないか「歩き渡ったものじゃないか「それらはまだ目の前に広がっているよ「ほら、構造物たちの定礎数列だって感じられるだろう?」



 モリの初期人格は地図測量師だったらしい。ちなみに、引用した台詞で文節に"「"が挟まるのは、異常な空間のなかに声が響いているからだ。

 モリの正体(君だって僕じゃないか)と地図測量の記憶が、謎を解くカギとなる。もちろん、この世界全体がすべてわかるわけではない。一端がちらりと見えるだけだ。その一端から、世界の途方もないスケールや複雑な成りたちが実感できる。

 メガストラクチャー世界において地図作成が重要な事業であることは、飛浩隆「射線」でも言及される。


 厄災のあと、全地球を覆い尽くした無秩序な建設と、超構造体(メガストラクチャー)による遮断のため、世界の地理は失われた。人間社会は分断され小さな局所世界に蟄居させられている。人類の再興を期すならば、ネットスフィアの回復とともに、地理と交通を掌握しなければならない。
 その両方を達成するためには、サイボーグ探査体は悪くないツールだ。推定耐用年数はゆうに一千年を超える。その時間こそが武器になる。世界を徒歩で移動したほうが、基底現実の立体的な地理と生活情報を収集できる。



 こうして派遣されたサイボーグは、雨かんむりと呼ばれた。名前に雨かんむりの文字を用いていたからである。彼らは最盛期には百二十体が活動していたが、やがて耐用年数に限界がきてその数を減らしていく。しかし、雨かんむりが行く先々で重力子放射装置を乱用したために、予期せぬ事態を引きおこしてしまう。

 世界に遍在する環境調和機(超微細センサーと制御機構の組みあわせ)が、自身が遂行した夥しい調整記録を身体感覚のように統合し、知性が芽生えたのだ。孤独な環境調和機知性は、厄災後に発生したさまざまな種族と干渉しあって、地球全体を、ひいては太陽系全域を超工学的に作り替えていく。その壮絶な変貌が、何万年ものタイムスケールで描かれる。

 オラフ・ステープルドンもかくやというほどのヴィジョンだが、そのいっぽうで、妙な生活臭があるのが面白い。たとえば〔ベッドの中でまごまごし、二度寝、三度寝を重ねて数日間棒に振り、いつしかそれが毎日になるような、そんな惰性の一万年だった〕という表現。あるいは〔[太陽面の]爆発は連鎖的に多発し、まず電磁波が、ついで放射線が、そして質量放出(マス・インジェクション)が地球に----月半径を取り込んだ球形の都市構造体と黄道面に沿って広がる薄い網状の(餃子の羽根のような、たこ焼きのフリルのような)構造体に到達した〕という描写。二度寝の一万年とか餃子の羽根のような構造体とか、斜め上のユーモアというか逆異化作用というか、もう絶妙である。

 小川一水「破綻円盤 --Disc Crash--」は、地図測量ならぬ温度測定をしながら構造体の広範域を旅する女性の物語。世界の温度勾配をプロットすることで、天文的構造を明らかにしようというのだ。視点を彼女にではなく、彼女が立ち寄る統治局閉鎖監視哨(通称「お休み処」)で働いている珪素生物に置いているところが巧い。長い期間を経て旅人が戻ってくる......。読者の想像力を掻きたて、情緒を刺激するシチュエーションではないか。

 九岡望「はぐれ者のブルー」は、電基漁師の主人公と、ほんらいなら敵であるはずの珪素生物との交流を描く。珪素生物がとことん非人間的なのに、じんわりとペーソスが漂う。文章にも躍動があって読みごこちが良い。

 野﨑まど「乱暴な安全装置 --涙の接続者支援箱--」は、重油の川が流れ、油産業と消火活動が日常となっている地区で猟奇的な事件が起きる。人体を有機神経叢(神経細胞の塊)に変える秘術が登場し、SF的ガジェットとしてみれば『BLAME!』の重要設定であるネットスフィアと関係しているのだが、物語上のたたずまいは江戸川乱歩や海野十三的なセピア色の奇想に近い。重油の町という背景が、その雰囲気を強めている。

 以上、趣向もさまざまな五篇。

 さあ、書評も書いたし、これで心おきなく原作の『BLAME!』が読める。じつはもう机の上に積みあげてあるのだ。

(牧眞司)

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