【今週はこれを読め! SF編】焼死に至る〈竜鱗病〉があぶりだす、現代社会が抱える病理

文=牧眞司

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  • ファイアマン (下) (小学館文庫)
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 うーん、やはり、ジョー・ヒルは画像的想像力が並外れている。皮膚に鱗状の模様があらわれ、病状が進行すると身体が発火して焼死する〈竜鱗病(ドラゴンスケール)〉のイメージ。この病に罹りながら炎をコントロールするすべを身につけた男ジョン・ルックウッドのいでたち(彼は菌類学者なのに消防士姿であらわれるのだ)。ジョンが繰りだす超常現象フェニックス(火の鳥が敵を焼き尽くす)。病院に収容された感染者だが絶望的にならず他の患者を励ましつづけ、ある日突然、身体が光を発するようになりひっそりと病院から抜けでていった女性。......こう書きだしてみるとケレンがすぎるようだが、物語の書きこみによって、荒唐無稽にならないギリギリの線に踏みとどまっている。そのバランスが上手い。父親であるスティーヴン・キングと比べても遜色がない。

〈竜鱗病〉は未知の胞子が引きおこす。どこかの国が秘密裏に開発した生物兵器とも、氷河に封印されていた古代の種が甦ったのだとも言われるが、どれも憶測の域を出ない。物語がはじまるのは、すでにこの病が日常化し、感染者が焼け死ぬさまがテレビでしばしば報道されるようになった時点である。〈竜鱗病〉は接触によって伝染するので、感染者にふれないことが重要だ。

 主人公ハーバー・グレイスンはもともと学校保健師だったが、〈竜鱗病〉患者を扱う病院で人手が足りなくなったため、ボランティアとして参加。しかし、その病院は〈竜鱗病〉患者の発火連鎖(ひとりの発火が他の患者の発火を誘発する)によって焼け落ちてしまう。それからしばらくして、ハーバーは身体に〈竜鱗病〉の兆候を発見する。夫のジェイコブとは、ふたりともこの病に罹ったら自殺しようと話しあっていた。しかし、自分が妊娠していると知ったハーバーは、その計画を翻す。胞子は胎盤によって阻まれるので胎内感染はない。自分が焼け死ぬ前に、子どもを生みたい。

 ハーバーのこの希望を、ジェイコブは理解しようとしない。彼は必要以上に〈竜鱗病〉を忌避していた。自分も罹患していると思いこみ、無理心中を迫る。ハーバーににとってそれまで最愛の夫だった人物が、偏執的な殺人者へと変貌する。

 あわやのときに彼女を救いだしたのが、消防士姿の謎の人物ジョンだった。そしてハーバーは彼に導かれ、感染者が身を寄せあって暮らすキャンプ・ウィンダムにたどりつき、〈竜鱗病〉がかならずしも焼死に至らず、コントロールするすべがあることを知る。しかし、キャンプ・ウィンダムもけっしてユートピアではない。現リーダーのトム・ストーリーは穏健な人物だが、その孫娘でキャンプの住民の多くからカリスマ的に信奉されているキャロルは視野が狭く偏った考えの持ち主なのだ。キャロルが実権を握れば、キャンプはカルト化する。

 そのいっぽう、外の世界では〈竜鱗病〉への恐怖が集団ヒステリーを呼び、感染者狩りをおこなう自警組織まであらわれる。マルボロマンと呼ばれるラジオDJが中核となり、その右腕を務めるのがハーバーの夫ジェイコブだ。ハーバーと暮らしていたときはものわかりの良い夫を演じていたが、心根には家父長的な抑圧思想が巣くっていたのである。

 いっぽうに不安を背景としたカルト化、またいっぽうで独善的排他主義。本書『ファイアマン』はパンデミック・スリラーの物語に、現代アメリカ(日本にも共通する)の社会病理をくっきりと映しだしてみせる。

 しかし、そちらの面ばかり強調して、ストーリーテラーとしてのジョー・ヒルにふれないのは片手落ちだろう。作品構成に工夫がある。ハーバーはキャンプ・ウィンダムで、内部で進行しつつあるカルト化、外から押しよせる脅威への対抗策を講じつつ、このキャンプに潜むふたつの謎を追っていくのだ。どちらもカギとなるのはすでにこの世にいない人物----ひとりはエキセントリックな医学生ハロルド・クロス、もうひとりはキャロルの姉でジョンの恋人だったセーラである。クロスは〈竜鱗病〉の機構に関する決定的な何かに、セーラはこのキャンプの成りたち、そしてジョンの過去や彼が獲得した能力に、それぞれつながっているらしい。

 邦訳は文庫版上下あわせて千三百ページ近いボリュウム。いくらなんでも長いのだけど、こうした作品構成がしっかりしているため、興味を失わずに読むとおすことができる。

(牧眞司)

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