【今週はこれを読め! SF編】異なる生態系のなかで、人類が進むべき未来を探る惑星開拓史
文=牧眞司
環境破壊によって滅びつつある地球を脱出したひとにぎりの人々は、百五十八年の人工冬眠を経て、酸素と水が豊富にある惑星へとたどりつく。彼らはその惑星を【平和/パックス】と名づけた。地球より重力が二十パーセント強く、六台あった着陸ポッドのうち二台が墜落。その事故によって、唯一の食料合成機が破壊される。いやおうなく、現地で食べものを調達しなければならない。最初の試練だ。
未踏地へ到着した人類が、なにもないところで新しい社会をつくる。惑星開拓史というのは胸躍る物語だ。しかし、開拓される惑星側に立てば、環境改造であり、生態系への侵入にほかならない。本書は、入植する側、現住生物の側、双方の視点に立ち、きれいごとではなくダイナミックに干渉しあう世界観や価値観を、百年以上(ただし、この惑星の一日は二〇時間、一年は四九〇日なので、一年は地球よりも若干長い)にわたって綴っていく。人類の尺度でいえば、七世代に及ぶ。
人類もけっして一枚板ではなく、世代間のギャップがあり、そこから生じる葛藤や対立も大きい。彼らが見捨ててきた地球に根強くあった異国家間・異文化間の軋轢、それがかたちを変えて、世代間で再現されているのである。その生々しさは、パックスという惑星名が皮肉に思えるほどだ。
そのいっぽう、惑星側にも多様な生物がうごめいている。地球とはまったくことなる思考やコミュニケーション様式を備えた知的生物(地球の竹によく似た植物)から、ある程度の知能はあるものの、ほぼ本能で生きている数種類の動物(従順なものもいれば敵対的なものもいる)、さらには正体がよくわからないのだが、かつてはこの惑星に物質文明を築いたと思われる種族もいる。後者はその遺棄された都市にガラス様の素材が用いられていることから、〈グラスメーカー〉と名づけられる。人類は、これら種族といやおうなく向きあわなければならない。生存をめぐる闘いもあり、共生関係の模索もある。共生関係といっても、平穏なwin-winとは限らない。衝突して互いにダメージを被るより、ぎりぎりの妥協点で均衡したほうがましという実利的な判断だったりする。
知性や論理は宇宙に普遍だという牧歌的なファーストコンタクトは、ここにはない。とくに〈グラスメーカー〉の没落した原因とパックスの生態系との関わり、それを踏まえて人類がこの先の道をどう選ぶか、後半部で繰り広げられるテーマの深化に目を見張る。パックスのあらゆる存在を巻きこんだ大規模な闘いという、起伏に富んだストーリーのなかで、それが描かれるのだ。
(牧眞司)