【今週はこれを読め! SF編】天皇機関vs.粘菌機関 特撮映画のような痛快活劇
文=牧眞司
カバー袖の登場人物一覧が絢爛豪華だ。南方熊楠、福来友吉、江戸川乱歩、西村真琴、佐藤春夫、宮澤賢治、石原莞爾、北一輝、......。
南方熊楠は天衣無縫な言動で知られる博物学者。水木しげるさんや荒俣宏さんの著作を読まれているひとにとっては馴染みのある人物だろう。
福来友吉は千里眼の研究に真面目に取り組んだ心理学者であり、西村真琴は人間型ロボット「學天則」を製作した人物。ともに横田順彌さんの明治・大正研究で言及されている。
石原莞爾は「世界最終戦論」を唱えた軍人で、関東軍作戦参謀として満州事変を首謀した。北一輝は革命思想家で魔王と綽名された。
まさにオールスターキャストである。しかも、ヤバめの。
主人公は熊楠だ。彼が福来の招きによって、異端学者の秘密団体「昭和考幽学会」に参加するところから物語がはじまる。おりしも大正天皇の大喪から間もない昭和二年。昭和天皇の即位を記念して、昭和考幽学会をアピールできる事業を執りおこなおうということになった。侃々諤々の議論の末に、立てた目標が思考する自動人形の製作だった。学会に集まった面々は昂奮に、口々に「人間と見違えるほど精巧な人形」「人間はまた神となり人形を造るのだ」「いや、むしろ人形こそ神である」「人造の神とは」とボルテージはあがりっぱなし、しまいには人形の呼称が「天皇機関」に決まる。
天皇機関に、天皇陛下を輔弼させるのです!
普通ならここで我に返るところだが、なにしろ異端学者の群れ。そのまま調子に乗って、本当に天皇機関をつくりあげてしまう。この人形の思考を支えるのが、熊楠の日頃の研究をさらに発展させた、粘菌がつくる脳だ。
天皇機関。粘菌の脳。
このアイデア......というより、このフレーズだけで、もうこの作品の成功は約束されたようなものだ。
しかも表現が力強い。たとえば、天皇機関が登場する場面の描写。
御輿の中にあるもの、それは人の姿をした人ならざるもの。
切り揃えられた黒髪、瞳には月の如く深い輝き。その唇には芙蓉石に似た淡い赤。真白なる肌には絹の光沢。金襴袈裟を纏い、神聖さを漂わせる少女の偶像。
思考する自動人形----天皇機関であった。
タン、と小太鼓を打つ音が一つ。天皇機関はその音に反応し、顔を上げて腕を前へと伸ばす。タンタン。なおも軽快な音は続き、それに合わせて少女の人形が体を動かし、やがて猫の跳躍するように御輿より外へ飛び出した。
完成した天皇機関は自ら「M」と名乗った。
熊楠たち昭和考幽学会にとって、少女Mは最高傑作である。さっそく天皇陛下にお目に掛けようといきり立ち、熊楠とは旧知の仲である京阪電車の元社長・岡崎自慢の暗黒ロマンスカー・超特急で見切り発車。東京へ向かっているお召し列車を追いかける。しかも、阪和線の線路に盛り土をして跳躍台をつくり、国鉄側の線路へ列車をジャンプさせて乗り入れるという離れ業をこなす。んなムチャな!
このあたり、あえてCGを使わずアナログな特撮でつくった痛快活劇映画のおももちである。
特撮痛快活劇らしく、天皇機関・少女Mの存在感も桁外れだ。彼女は言う。「私は、私の知識において全ての答えを持っている。人間のあらゆる行動は演算可能な振る舞いの積み重ねであり、その揺れ動く世界の移ろいを私は知悉している。私は人間の形をした真理だ」。そして、彼女に近づく人間は、別な現実を体験することになる。演算可能な世界はひとつではないからだ。もうこうなると手のつけようがない。
少女Mは天皇に成りかわって世を治めるつもりなのだ。
そこに、革命家・北一輝が絡んでくる。
熊楠たちは、
(1)少女Mを北に奪取されないように防ぐ
(2)少女Mが世界を支配しないように彼女を牽制する
----このふたつの困難なミッションを同時にやりとげなければならない。
ただし、人間が少女Mに近づけば、別な現実を体験させられ、なにがなんだかわからなくなってしまう。そこで、熊楠たちは粘菌の機構を用いた、脳を持たない別な自動人形を製作し、これによって少女Mに対抗しようとする。天皇機関とは仕組みも、見た目もまったく異なる金属製の巨人・粘菌機関。それは「學天則二号」と名づけられた。
さて、いよいよ特撮活劇も佳境。そして物語は二・二六事件でクライマックスを迎える。なんてドラマチック。
(牧眞司)