【今週はこれを読め! SF編】架空都市をめぐる36の断章
文=牧眞司
ギョルゲ・ササルマンはルーマニアのSF作家。1941年生まれだから、アメリカのサミュエル・R・ディレイニー(42年)、ジョー・ホールドマン(43年)、イギリスのクリストファー・プリースト(43年)、イアン・ワトスン(43年)と同じ世代にあたる。日本ならば田中光二(41年)、伊藤典夫(42年)。大ベテランだ。
『方形の円』は、「偽説・都市生成論」なる副題が付された連作集。もともとは1960年代半ばから70年代初頭にかけて書かれたが、ルーマニア国内の政治的事情によって長らく完全なかたちで世に出ることがならず、1992年のフランス語版でようやく陽の目をみたという。本国で完全版が出たのは2001年だ。
本書をひもとく読者は、36もの架空都市についての断章を経巡ることになる。
階段状のピラミッドになっている全七層の格差市ヴァヴィロン。あらゆる信仰とあらゆる都市を知った放浪者が焦がれつづける憧憬市アラパバード。一夜の情熱に身を焦がした女王アンティオペーが男嫌いのアマゾンにかしずかれて生きる処女市ヴィルジニア。いくたびもの厄災に壊滅しながらそのたびに再建を果たしてきた凱歌市トロパエウム......。
一見すると、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』(1972年)とよく似ている。作者自身、フランス語版あとがきで『見えない都市』に言及しており、「その独自性においてこれほど酷似し、スタイルでは全く異なるこの二冊の本は、ちょうど同じ時期に構想され、描き上げられたようだ。なんと不思議な偶然の一致だろう!」と述べている。
ここで重要なのは「スタイルで全く異なる」のほうだろう。実際、通読した印象は、カルヴィーノ作品とはかけ離れたものだった。
『見えない都市』は、マルコ・ポーロが見聞きした都市のありさまをフビライ汗に語って聞かせる枠物語があった。その枠のなかに、それぞれの都市の断章が配置されている。読者はフビライ汗の視点で、あたかも鮮やかな蜃気楼を眺めるように、架空都市にふれていく。また、都市の感触も、エキゾチシズムというより観念的・記号論的・メタフィジカルに傾いていた。
それに較べると、『方形の円』の都市は具体的・物語的・物質的である。もちろん、旅行記のように細部が描かれてはおらず、その点ではコンセプト中心とも言えるのだけど、手でふれられる感じがともなっている。おそらく、伝統的なSFのアイデアに親しんでいる読者にとっては、カルヴィーノ作品よりもわかりやすいと思う。
訳者あとがきのほか、アーシュラ・K・ル・グィンの「英語版序文」と、酉島伝法の「解説」が、得がたい水先案内人になるはずだ。
(牧眞司)