【今週はこれを読め! SF編】自由意志をめぐる鋭角的な思考実験を、青春小説のスタイルで語りきる

文=牧眞司

  • なめらかな世界と、その敵
  • 『なめらかな世界と、その敵』
    伴名 練,赤坂 アカ
    早川書房
    1,785円(税込)
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 粒ぞろいの短篇集。収録作六篇がどれも年間ベスト級の傑作である。事実、「なめらかな世界と、その敵」「ゼロ年代の臨界点」「美亜羽へ贈る拳銃」「ホーリーアイアンメイデン」の四篇は、創元SF文庫の年刊日本SF傑作選(大森望・日下三蔵編)に採られている。あとの二篇は、ポストサイバーパンクの異色作「シンギュラリティ・ソヴィエト」と、書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」。

 さて、題材においても物語の構成においても、またスタイルも作品ごとに趣向を凝らし、読者の予想と期待を軽々と超えていく伴名練だが、一冊にまとまったものを読むと、一貫して流れるテーマがあることに気づく。

 ひとことで言えば「自由意志」である。アーサー・C・クラーク『都市と星』----自分がプログラムされた存在にすぎないか主体的判断をなしうる個人かというアルヴィンの問いかけ----以来、SFは繰り返しこのテーマを扱ってきた。とりわけ重要なのは、グレッグ・イーガンとテッド・チャンの諸作である。彼らが示したのは、哲学と認知科学にまたがった、あるいは形而上学と生活感覚をひとつ地平に収めたアプローチである。さらに、ピーター・ワッツや伊藤計劃は「意志」一般の自明性を根底から問い直してみせた。

 伴名練はこれら先行作を踏まえ(伴名さんは読者としても並外れた読書量と鑑賞眼の持ち主である)、大胆なアイデア・設定による思考実験を繰り広げる。たとえば、「美亜羽へ贈る拳銃」のなかで、登場人物がある小説(オーストラリア人作家が書いた作品)をつぎのように紹介する。



「互いの愛がいずれ薄まることを恐れたカップルが、永遠の愛のためにインプラントで自分たちの感情を固定する----結果として、お互いの愛が薄まることへの不安を永久に脳に刻むことになる、という喜劇だ。かつては悲劇だったのかも知れないが」



 言うまでもなく、「美亜羽へ贈る拳銃」というタイトルは(そして内容面においても)、梶尾真治のロマンチックSF「美亜へ贈る真珠」を本歌取りしたものだ。そして、伊藤計劃『ハーモニー』の登場人物「ミァハ」へのアリュージョンでもある。

 伴名作品の瞠目すべき点は、いかにも思考実験してますよという構えではなく、ひじょうに滑らかな物語に仕上げているところだ。本書収録作で言うと、冒頭に収められた「なめらかな世界と、その敵」と掉尾を飾る書き下ろし作「ひかりより速く、ゆるやかに」とが、上質のアニメを思わせるキャラクター造型による青春小説である。赤坂アカによるカバーアートも伊達ではなく、しっくりと内容にマッチしている。

「ひかりより速く、ゆるやかに」では、修学旅行の高校生を乗せた新幹線の時間経過が2600万分の一になってしまう。外部から見れば、止まった時に閉じこめられているも同然だ。物語は、さる事情によってこの旅行に参加しなかった、つまり通常時間の世界にいるクラスメイト、伏暮速希(ふしぐれはやき)の視点で語られる。もうひとり修学旅行に行かなかった薙原叉莉(なぎはらさり)----彼女は一見すると不良少女で言動は粗暴だが根は善良である----とふたり、凍った時間から新幹線を解き放つすべはないかと思案する。くだんの新幹線には、速希の幼なじみの恋人である檎穣天乃(きんじょうあまの)も乗っている。奇しき縁で、天乃は叉莉の異母妹なのだ(同い年)。この関係性がドラマとしての強いアクセントとなる。もちろん、事態は家族内や学校内にとどまらず、社会的にも大きな注目を集め、さまざまな(しばしば不適当な)報道や噂話がかまびすしい。

 作品の構成としては、速希の視点による現代の叙述に、神話めいた未来(?)の叙述が挿入される。それによると、昔日の人々は、光よりも速く走る竜の力を借りて遠い天地を往き来していた。しかし、神の怒りにふれ、竜は人間よりも歩みの遅い生き物に変えられてしまったのだ。いまは、守り人たちが竜に寄りそっており、神の赦しが与えられる日を待っている。「速希の一人称」と「未来の神話」がどうつながっているかが、この作品のひとつの妙味だ。

 もうひとつの妙味。それは速希の立ち位置だ。物語がはじまる時点で、彼は新幹線に乗りそびれた、いわば傍観者である。しかし、凍った時間の謎を追ううちに、事態の当事者であることがわかってくる。「ひかりより速く、ゆるやかに」という作品は、物語そのものは直線的な進行で読者をぐいぐいと牽引するいっぽう、背後に立ちあがるロジックはとても一筋縄ではいかない。しかも、それが知的パズルにとどまらず、語り手である速希の葛藤に結びついている。SFの醍醐味と青春小説の香気が不可分だ。

(牧眞司)

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