【今週はこれを読め! SF編】歴史改変戦争。時間の家父長制をいかにくつがえすか。
文=牧眞司
ジャック・ウィリアムスン『航時軍団』以来、あるべき未来を賭して、排反的なふたつの勢力が抗争する展開のSFはいくつも書かれてきた。もっとも有名なのは、フリッツ・ライバー《改変戦争(チェンジ・ウォー)》シリーズだろう。長篇『ビッグ・タイム』といくつかの短篇が邦訳されている。
『タイムラインの殺人者』は、フェミニズム版の改変戦争だ。さしあたり主人公たちが属している時間線は、二十一世紀に至るまで(おそらくそれ以降もずっと)アメリカで人工妊娠中絶が違法とされている世界である。
この状況のなかで、女性とノンバイナリー(男/女の区分にあてはまらない性自認を持つひと)の権利確保を目ざす結社〈ハリエットの娘たち〉が、ひそかに歴史改変を目論んでいる。
その正反対にいるのが、家父長的支配のさらなる強化を目論む〈コムストック信奉者〉だ。こちらの勢力の実体は不明だが、〈ハリエットの娘たち〉メンバーは行く先々で〈コムストック信奉者〉の暗躍(多くが暴力的なもの)に遭遇する。
「行く先々」というのは、タイムトラベルで訪れる過去の時代だ。この物語で主要舞台となるのは、1893年と1992年だ。〈ハリエットの娘たち〉の「現在」は2022年。
この作品が時間SFとしてユニークなのは、タイムトラベルが「発明」されたものではなく、数億年前から地球上の五箇所に存在している〈マシン〉を、その機構や原理が解明されぬままに用いている点だ。また、〈マシン〉の存在は秘匿されていない。だから、過去に行って、「自分は未来から来た」と明かすこともできるし(状況次第で伏せる場合もあるが)、本人が明かさずとも言動から「あんたは未来から来たね」と見破られることもある。
かといって、自由勝手にタイムトラベルできるわけではない。〈マシン〉の使用は年代学アカデミーによって管理され、時間線への干渉は禁止事項だ。
もっとも「少年時代のヒトラーを殺してホロコーストを止める」というようなドラスティックな改変はやろうとしてもできない。年代学アカデミーでは「小さな事象は変化するが、大きな事象は変化しない」が定説である。
ただし、〈ハリエットの娘たち〉は、それとは異なる信念に基づき、活動をつづけている。つまり、「小さな変化を積みあげていけば大きな変化をつくることができる」だ。
それと対照的に、〈コムストック信奉者〉は過激な行動に走っている。〈マシン〉を制圧して自分たちの思いどおりの時間線を固定しようというのだ。
そうした、大仕掛けの歴史改変戦争が展開するいっぽう、物語を牽引するのは登場人物たちの境涯や情念である。そのうちメインとなるのは、つぎのふたりだ。
ひとりは、2022年の時間旅行者にして〈ハリエットの娘たち〉のメンバーであるテス。彼女には〈ハリエットの娘たち〉の目標とは別に、学生時代に友人を裏切ってしまった(そのときは自分なりの正義を貫いていると思っていた)過去をどうにかしたいとの衝動に駆られている。
もうひとりは、1992年に生きるベス。彼女自身はパンクロックを愛し、友人たちを大切にする善良な高校生だが、抑圧的な両親に育てられ、それが抑圧だという事実にさえ向きあえずにいる。
さらに、1893年で女性の権利獲得に向けた地道な努力をつづけているソフロニア(ジャーナリスト)とアシール(ダンサー)、遠い未来(そこは21世紀よりもいっそう深刻なディストピアと化している)からタイムトラベルしてきたムルシーンが、〈ハリエットの娘たち〉と共振するように「小さな変化」を積みあげていく。
〈ハリエットの娘たち〉と〈コムストック信奉者〉が争っている時間線とは、わたしたちがまさに生きているこの社会、この現実と構造的に相似だ。
それをいかに変えうるかについても、また。
(牧眞司)