【今週はこれを読め! SF編】現実認識のテーマから、目くるめく神怪小説へ発展

文=牧眞司

  • ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)』
    十三 不塔,鈴木 康士
    早川書房
    1,078円(税込)
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 第八回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作(前回紹介した竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』と同時受賞)。

 韓国の青年キム・テフンは、視覚に異常をきたす奇病ヴィンダウス症を患い、運動していないものが一切見えなくなる。人間の眼球は細かく揺れ、対象物に相対的な動きを与えているが、ヴィンダウス症はその眼球微動が阻害される。目には映っていても脳が認識しないのだ。罹患する前と後で、現実がまるっきり変わってしまう。そして、病状が進行すると、自我が崩壊する。

 しかし、キムは独自の精神統御によって寛解状態に到達する。この時点でヴィンダウス症患者は世界中に70人ほどいたが、寛解に至ったのはキムともうひとりインドの少女マドゥだけだ。キムとマドゥとでは、寛解のありかたが正反対である。キムは視覚以外の感覚を総動員して周囲のあらゆる変動を捉え、アナログな連続体として世界を再視覚化する。いっぽう、マドゥは世界を限りなく断片化することで、すべてを静止させ、外界を消し去ってしまう。

 感覚と現実。身体機能と世界認識。

 グレッグ・イーガンやテッド・チャンの作品を思わせるテーマだ。

 しかし、この出発点から思わぬ方向へ物語が走っていく。

 寛解したキムのもとに、中国・成都の四川生化学総合研究所から、思いもよらぬオファーが舞いこむ。成都には〈八仙〉と呼ばれる都市機能AI群があり、これが実質的な最高意思決定機関となっていた。この〈八仙〉と、キムの脳がおこなっている情報処理とを接続し、フレキシブルな都市運営を実現しようというのだ。それが「ヴィンダウス・エンジン」である。

 この実証実験と平行して、ヴィンダウス症患者で構成された地下組織、碧灯照(グリーン・ランタンズ)がキムに接触する。この結社は、ヴィンダウス症患者への迫害を斥け、自分たちの生存領域を確保することを目的としている。ただし、メンバーの姿勢や思想射程はかならずしも一枚板ではない。テロリスト的傾向の者もいれば、ヴィンダウス症は新しい人類だと主張する者もいる。碧灯照に巻きこまれてキムの立場が大きく変わり、身の危険さえふりかかる。

 そのいっぽうで、キムは〈八仙〉の背後に情報的な別世界が広がっていることに気づく。その世界に住む夸父(こほ)という知性体は、遙かに進んだ科学レベルに到達していた。彼らはある方法で物理現実(つまり、こちら側の世界)へ干渉できる。そこにもヴィンダウス症がかかわっていた。

 このあたりで、物語のギアは一段も二段もあがる。スペクタクルとアクション。これはサイバーパンクの書法による神怪小説(つまり『封神演義』のような不思議物語)だ。

(牧眞司)

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