【今週はこれを読め! SF編】霊能者連続失踪事件を追うヴィクトリアン・ミステリ。
文=牧眞司
リサ・タトル『夢遊病者と消えた霊能者の奇妙な事件』(新紀元社)
降霊術がさかんにおこなわれたヴィクトリア朝のロンドン。霊能を持つというふれこみで、ひとびとの関心を集める者が何人もおり、能力の実演が興行として成立してもいた。ただし、人気がある霊能者もいれば、落ち目な霊能者もいる。彼らがつぎつぎに失踪を遂げていく。何が起きているのか?
事件に挑むのは、売り出し中の諮問探偵ジェスパーソンと、彼の助手になったばかりのミス・レーン。
探偵と助手――ミステリの王道だが、面白いことに、この作品では探偵より助手のほうが主役なのだ。語りの中心というだけではなく、事件との関わりかたにおいても。
探偵のジェスパーソンはそれなりに有能で、人間的にもチャーミングではあるけれど、空回りもするしツメが甘いところもある。
いっぽう、助手のミス・レーンは冷静にして行動力もあり、なにより自立心が強い。雇用主であるジェスパーソンにも、対等に意見する。
若い男女の探偵・助手とくれば、エンターテインメント的にはロマンスの方向へひっぱりがちなのところだが、この作品にはそうした色恋沙汰がないのもいい。
もうひとつの特色は、オカルティスムとの絶妙な距離感である。
ミス・レーンはもともと心霊現象研究会(SPR)の調査員だった。しかし、信頼を寄せていた友人ミス・フォックス(SPRで権限を持つ立場の人物)が、心霊現象の実証でインチキをしていることに気づいて袂を分かったのだ。その次の職として選んだのが、ジェスパーソンの助手である。
つまり、ミス・レーンは心霊研究に幻滅したところからはじまり、霊能者失踪の調査もあくまで探偵仕事として取り組む。事件そのものを追う過程で心霊現象の真偽を突きつめる必要はないが、事件関係者の多くは霊能力の実在を前提として証言をおこなうので、それにつきあわなければならない。実証的な探偵の思考とオカルティスム――異なるパラダイムが混淆しながら物語が進む。
もちろん、ミス・フォックスが不正をおこなっていたからと言って、あらゆる心霊現象が虚偽ということにはならない。
人間ドラマの面で絶妙なのは、ジェスパーソン&レーンの事件調査に、ひょっこりとミス・フォックスがかかわってくるところで、冷静なミス・レーンも心を波立たせずにはおれない。悪びれもしない態度のミス・フォックスは、まさに名脇役である。
また、失踪した霊能者も、まだ失踪していない霊能者も、それぞれ個性的(能力も性格も境涯も)で、物語に大いに彩りを添える。
(牧眞司)