【今週はこれを読め! エンタメ編】あの作品の番外編が大集合!〜『サイドストーリーズ』

文=松井ゆかり

  • サイドストーリーズ (角川文庫)
  • 『サイドストーリーズ (角川文庫)』
    東 直己,冲方 丁,貴志 祐介,狗飼 恭子,宮木 あや子,貫井 徳郎,誉田 哲也,三浦 しをん,笹本 稜平,垣根 涼介,中田 永一,中山 七里,ダ・ヴィンチ編集部
    KADOKAWA/メディアファクトリー
    660円(税込)
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 世の中の本好きは、長編を好むものらしい。短編集はあまり売れないというのが定説のようだ(まあ、東野圭吾とかのクラスになれば話は別だと思うけれども)。私などはせっかちなため、早めに結末がわかる短編は大好物だが。まして、いろんな作家の作品が入っているととても得をした気分になる(コストコなどでも大袋入りの商品ならいろんな味が入っているものを選ぶタイプだ)。

 そんな私や私と同意見のあなたにとっては、この本は最適だ。本書はすでに世に出ている作品のサイドストーリーばかりを集めた本。好きな作品があれば続編のように楽しめるし(私が本書を買ったのも、目当てのものがあったから)、知らない作品であれば元の小説も読んでみようかなというよい機会にもなり得るに違いない。

 さて、私が目当てとしていたのは、三浦しをん氏の「まほろ駅前」シリーズの番外編「多田便利軒、探偵業に挑戦する」。唐突だが、「まほろ駅前」シリーズにおいて星良一が果たす役割は大きい。ご存じない方のために少々ご説明すると、「まほろ駅前」シリーズとは三浦しをん氏の代表作。シリーズ1作目の『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)は第135回直木賞受賞作品となった。まほろ市で便利屋を営む主人公・多田が高校時代の同級生で突然彼の元に転がり込んできた行天とともにさまざな依頼を引き受けることによって巻き起こる珍騒動の数々が描かれている。星良一は表向きは若き実業家であるが裏では相当ヤバい稼業に手を染めている、まほろでは名を知られた存在だ(映画では高良健吾さんが演じていた。ごく短い出番だったが、私が観た中では「花燃ゆ」の高杉晋作役よりも「おひさま」の主人公の夫役よりも、これが彼のいちばんのハマり役だったと思う)。そんな星が恋人である女子高生から浮気を疑われて...という話。シリーズの愛読者であれば、我らが星くんが窮地に立たされることに少しばかり爽快感を覚える方もおられるだろう。しかも忘れ難いあのエピソードが...おっと、ネタバレはこのくらいで。

「多田便利軒、探偵業に挑戦する」にばかり紙幅を費やしてしまったが、本書には全12編の作品が収録されているので、どなたでもおもしろく読める短編を見つけられるのではないかと思う。例えば貴志祐介氏が書かれているのは、『硝子のハンマー』『狐火の家』(ともに角川文庫)をはじめとする「防犯探偵・榎本径」シリーズのサイドストーリー。嵐の大野智さんが主演ということで話題となったドラマ「鍵のかかった部屋」もあったので、原作をご存じの方も多いのでは。本書に収録されている短編「一服ひろばの謎」はドラマ版のオリジナルキャラクターである芹沢豪が主人公(榎本とともに謎解きにあたるヒロインの弁護士・青砥純子の上司)。榎本が登場しないのはファンにとっては少々残念だが、芹沢を主人公に据えたことで青砥のとんちんかんぶりがより際立つ作品となっている。スピンオフ作品の主人公に使おうと思うようなキャラクターは、やはり著者も気に入っていたり個性的だったりという人物であろうから、本編とはまた違ったおもしろみが出せるのではないか。

 この他、『百瀬、こっちを向いて。』の番外編「鯨と煙の冒険」では、『百瀬〜』の主人公・相原ノボルが高校時代に自分と同類の「人間レベル2」(←このあたりの感覚、超中田永一っぽい!)と見なしていた友人・田辺の17歳の夏の不思議で切ない体験が、『天地明察』の番外編「雁首仲間」では、江戸前期の囲碁棋士で天文暦学者・渋川春海の若き日の心の交流が、短い文章の中でも細やかに描かれる。うん、やっぱ短編もいいですよ。

(松井ゆかり)

  • まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
  • 『まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)』
    三浦 しをん
    文藝春秋
    616円(税込)
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