【今週はこれを読め! エンタメ編】"先生のお気に入り"と裏切りの物語『ブロディ先生の青春』

文=松井ゆかり

  • ブロディ先生の青春
  • 『ブロディ先生の青春』
    ミュリエル スパーク,Spark,Muriel,政則, 木村
    河出書房新社
    2,090円(税込)
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 先週のニュースで最も驚いたもののひとつが、「『プレイボーイ』誌がヌードの掲載をやめる」というものだった。女である私は『プレイボーイ』の愛読者ではなかったが(とはいえ、きれいな女の子の写真目当てに女性でも読んでる方けっこういらっしゃるらしいですね。私はもうちょっと清純なタイプがいいかな...ってどこのオヤジだ)、殿方には絶大な人気を誇る雑誌だったことはもちろん知っている。誌面リニューアルは来年3月、創刊者ヒュー・ヘフナー氏も了承済みだそうだ。過激なエロ画像や動画がパソコンでいくらでも見られる時代、むしろ脱ヌード路線でという意気込みとのこと。実際、すでにリニューアルされた同誌のwebサイトはアクセス数が4倍になったとか。

 さて、ここまで延々と小説とは関係のない話題を書き連ねてきているが、それが世に出た頃は斬新さでもてはやされたものも時間がたつと色あせて見えるようになるということ、しかし、そこに真の価値があれば人々はそれを求め続けるということだ(『プレイボーイ』、正念場ですね)。本書『ブロディ先生の青春』が書かれたのは1960年代。この小説にもまた、若干の古めかしさと時代に左右されない真理を見た気がする。

 表題となっているブロディ先生とは、マーシア・ブレイン女子学院の中等部教師。誇り高くロマンティック。一方で政治的な発言も多く、型にはまらない言動で生徒たちの心に訴えかけている。第一次世界大戦で婚約者を亡くしたが、(校長をはじめほとんどの同僚から敬遠されているものの)学校にたったふたりだけ在籍する男性教師の両方と恋仲だ。別に脱線の多い授業はおもしろければオッケーだし、生徒に自分の恋愛話をするのもご勝手にと思うが、教師に対してこれだけは守ってもらいたいと思う資質がある。それはひいきをしないということだ(だから、どんなに名作と評判の小説やマンガであっても、先生と生徒の恋愛ものには興味をひかれない)。そういう意味で、「ブロディ隊」と噂される自分のお気に入りの生徒だけを集めて自宅に招いたり劇場や美術館に連れて行くブロディ先生には好感を持てない。とはいえ、もし世間知らずの10代だったら、そして先生が自分を選んでくれたら、"先生のお気に入り"となる誘惑に抗えるかどうかわからないのも事実ではある。

 ブロディ隊として選ばれし者たちは以下の面々。数学の才能に恵まれたかんしゃく持ちのモニカ、小柄で運動が得意なユーニス、いつもぼんやりしていて怒られてばかりのメアリー、無自覚な色気があり他校の男子生徒の注目の的であるローズ、美人で女優志望のジェニー、そしてジェニーの親友で発音の美しさと文才に恵まれた夢想癖のあるサンディ。同級生からはあまり好かれておらず、メンバー同士の仲間意識にも欠けている(サンディとジェニーは親友だが)。あるのはブロディ先生との親密な関係のみだ。みんなと違っているのが恐いからという理由で群れているわけでもなく、かといって主導権は保護者的立場である教師に完全に握られているという、現代の少女たちとはまた違ったあり方が新鮮に思える。それでいて、教師たちの恋愛模様や性的な知識に興味津々なところや自分の将来に迷うところなどは、いつの時代も共通の関心事であろう。やはり古めかしさといつの時代も変わらぬものが共存している。

 先生とブロディ隊との蜜月は、ある生徒の密告によって終わりを告げる。果たして密告者は誰だったのか。ミステリー的な側面も含んだ小説だが、犯人捜しよりもむしろなぜ裏切り行為に及んだのかという動機こそが最大の謎と言えるだろう。女子の心は複雑だ、と言ってしまえばそれまでになってしまうが。

 推理小説、風刺小説、青春小説、はたまたブラックユーモア小説などさまざまな側面を持つ本書、あなたはどこにスポットを当てて読まれるだろうか?

 著者のミュリエル・スパークはスコットランド出身の小説家。生年が1918年ということは大正生まれだ。その時代の頃の女性が作家という仕事を続けることはなかなかハードだったと思うが、第二次世界大戦中は諜報機関でも活動するなどたいへんな活躍ぶり。文学への貢献が認められて、デイムの称号が与えられてもいる。本書は、「《タイム》誌が選ぶ100冊(1923年の創刊時〜2005年)」「《ガーディアン》紙が選ぶオールタイム・ベスト・ブック100」「《モダン・ライブラリー》が選ぶ20世紀に英語で書かれた100冊」に選出された著者の代表作。なんと先月は、新訳である本書が河出書房新社から、旧訳である『ミス・ブロウディの青春』が白水社から出版されたというちょっとした祭り状態(コラムニストで翻訳家の山崎まどかさんがご自身のツイッターでつぶやかれた「こんなのってウッドハウスがかち合って以来?」が印象的)。新旧どちらの翻訳にもそれぞれの趣があるかと。私も読み比べてみようかな。

(松井ゆかり)

  • ミス・ブロウディの青春 (白水uブックス―海外小説 永遠の本棚)
  • 『ミス・ブロウディの青春 (白水uブックス―海外小説 永遠の本棚)』
    ミュリエル スパーク,Spark,Muriel,照雄, 岡
    白水社
    1,430円(税込)
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