【今週はこれを読め! エンタメ編】さまざまな思いを胸に走る選手たち〜まはら三桃『白をつなぐ』
文=松井ゆかり
駅伝のよさがわからない、という人は多い。私は無類の駅伝好きであるが、そう感じられるのも無理はないと思う。テレビを見ていても画面にあまり変化が見られないような印象があるからだろう。変わるのは周りの風景だけ、みたいな。だがほんとうにそうだろうか?
マラソンもそうだが長距離走というものは、長きに及ぶ競技時間の中でそうそうひんぱんにクライマックスがあるものではない(コーナーキックやらペナルティキックやらファウルやらとしょっちゅう何事か起こっているサッカーや、ひと試合で何十点も入るバスケとは見せ場の数が違う)。大半の時間は黙々と走る選手の姿が映っているだけだ。だが、だからこそちょっとした変化が大きくクローズアップされることになる。例えば順調に走っていたように見えた選手の表情が険しくなってきたり、見ている側にはわからない程度の気温や風向きの差でも試合の流れが変わったり。もちろん"一瞬の隙をついて順位が入れ替わる"とか"○人ごぼう抜き"とかの大きな変動も見ものだし。そして駅伝の最大のおもしろさ、それは襷の受け渡しにあると思っている。
言うまでもなく、これは最初から最後までひとりで走るマラソンにはないものだ。また、バトンの受け渡しということなら4×100mリレーやマイルリレーといった短中距離走にもあるが、ひとりひとりが走る距離が違う。長い区間を走る間に脱水症状になったり、足がつったり(まあ、これは短中距離走でも起こり得るが)、決められた時間内に中継所にたどり着けず繰り上げスタートになったりと、襷をつなげない可能性はけっこう高い。それゆえに前の走者から次の走者へと無事に襷が渡る瞬間、選手たちも観客たちも胸を熱くするのだろう。
さて、駅伝愛が募りすぎて前フリが異様に長くなってしまったが(ほんとうは全3回くらいで語りたいところ)、ここからやっと小説の話です。『白をつなぐ』の舞台は全国都道府県対抗男子駅伝競走大会、福岡県チームの物語。駅伝と言えば、圧倒的に箱根駅伝が有名で、次がニューイヤー駅伝あたりか。箱根駅伝は東日本の大学のみが参加する大会(実は全国大会ですらない)、ニューイヤー駅伝は実業団の大会だ。都道府県対抗駅伝はその名の通り都道府県別に、中学生から社会人までが出場する。知名度は正直あまり高くないのではないかと思うが(例年NHKで地味に中継している)、初々しさのかたまりのような中高生や箱根・ニューイヤーで活躍するような有名選手が見られたりとなかなかに興味深い大会なのだ。そして本書の最大の読みどころは、レース展開そのもの以上に、選手たちの内面に深く踏み込んでその心情を丁寧に描写しているところだと思う。
当然のことながら、端から見ているだけでは選手が何を考えて走っているのかわからない。実際の駅伝選手たちがこの本で書かれているようなことを考えながら走っているとは限らないが、十人十色(実際の走者は七人だが、監督やコーチに補欠選手やスター選手の彼女まで入れると、実際は十二人十二色といったところ)の内面描写がおもしろい。選手の年齢層に幅があることもあって、彼らの心を占める悩みも多岐にわたっているのだ。盲目の母親に対して素直になれない高校生、信頼するコーチの進退に胸を痛める中学生、華やかな成績とは無縁の競技人生を送ってきた社会人...。中でも特に印象に残ったのが、北九州の中学生・山野海人のパートだ。実は彼の心情は、福岡県出身で戦時中に生まれた父親を持つ私にも共通したものであるが、ピンとこないという方が大多数だろう。第二次世界大戦で原爆投下の候補地となっていたのは、当初広島と北九州だった。しかし1945年8月9日当日、曇り空の小倉への投下を断念したアメリカ軍は、そのまま長崎へ向かったのだ。海人は小学1年生のときに祖母からその話を聞いた。天真爛漫でとんちんかん、ある意味チームのムードメイカーである海人の心に祖母から伝え聞いた戦争の記憶があることは、文章で書かれているからこそわかったことである。「百聞は一見にしかず」と言うけれども、駅伝になじみのない方がその魅力を知ろうとするなら、テレビ中継を見る前に小説を読むというのもひとつの手ではないだろうか。それぞれの思いを胸に快走を続ける選手たちが手にしたのは果たして、優勝、それとも...?
著者のまはら三桃氏は、2005年に講談社児童文学新人賞佳作を受賞し、児童文学作家として活躍されている。不勉強にして本書が私にとっての初まはら作品なのだが、弓道部が舞台の『たまごを持つように』(講談社)や鷹匠を目指す女子中学生を描いた『鷹のように帆をあげて』(同)など興味をそそられる著書が多数ある模様。好みの傾向が私と同じではないか! 「高校ものづくりコンテスト」に挑む工業高校の女子生徒が主人公の『鉄のしぶきがはねる』(同)といった作品もあるようなので、ぜひとも次は「ロボコン」を取り上げていただけたらと熱烈希望。
(松井ゆかり)