【今週はこれを読め! エンタメ編】将棋にかける思いがアツい!〜白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』
文=松井ゆかり
いま将棋がアツい! マンガでいえばジャンプで最も注目すべき作品のひとつが『ものの歩』という将棋マンガだし(松井比)、『三月のライオン』も実写映画化が決まったし、『聖の青春』の映画も今秋公開予定だし、それどころか現実にはフィクション以上かもしれない強烈なキャラの棋士がいて、例えば対局の前にかぶっていたヅラを投げ捨てて相手の動揺を誘う人が存在したり(佐藤紳哉七段)、とにかくなんかすごいことになっている。とか言ってたら、とうとうラノベ界にまで将棋ものが!
本書はシリーズ2作目なので、第1巻『りゅうおうのおしごと!』(GA文庫)を軽くおさらい。主人公は、16歳にして史上最年少で「竜王」のタイトル保持者となった九頭竜八一。中学生で棋士となったのが史上4人目だったこともあり、将棋界の注目を集める存在だ。しかし、現在公式戦11連敗中の絶不調。その日は師匠である清滝綱介九段との師弟対決が行われた。この対局では勝利を収めたが、それがまたネットで「他の棋士には気前よく負けてやるのに師匠には全力で勝ちに行くクズ中のクズ」などと叩かれる要因に。負ければ「竜王に相応しくない」と言われ、勝てば「将棋がつまらない」と言われ、八一はどうすればいいのかわからなくなっていた。とりとめなく思いを馳せつつ帰宅すると、彼を待ちかまえていたとびっきりの美少女が弟子にしてくれと頼んできた! 少女の名前は雛鶴あい(小学3年生)。八一が竜王を獲得したときの最終局が行われたのは石川県の高級旅館だったが、あいはそこの跡継ぎ娘なのだという。竜王戦の終局直前、全身の震えが止められなくなった八一に水を飲ませて落ち着かせたのはあいだった。八一にはそのときの記憶はまったくなかったが、あいに「タイトル獲ったら何でも言うこと聞いてあげる」と約束したのだと。
それから紆余曲折あってあいは八一の弟子になり(小学4年生になり)、現在に至る。ラノベに明るくない私は、いつ主人公が不思議な力を身につけこの世のものならざる敵と戦い始めるかと思っていたのだが(ラノベってもれなくファンタジー要素が含まれてるというイメージがあった)、まったくもってフツーに将棋! ど直球の将棋の話だった(たぶんそう。ラノベと同じく、将棋にも明るくないので...)。
本書では、盲目の天才棋士である月光聖市九段(現役棋士にして永世名人の資格を持つ)が、自分が弟子に取る予定の小学4年生に当座の稽古をつけてくれと八一に頼んできたところから物語が動き出す。その弟子とは、夜叉神天衣(あい)。すなわちあいと同じ読みの名前で同い年、しかも同じく可憐な容姿。将棋の才能に恵まれているところも同じ。しかし、あいと天衣はまったくタイプが違った。大好きな師匠の弟子になり将棋友だちに囲まれているあいと、人を寄せ付けず孤高を貫く天衣。子どもといえども女は女。どちらが八一にとって"いちばん"の存在であるか、火花を散らすことに...!
出てくるキャラクターたちがことごとく将棋バカ(もちろんほめ言葉)。いたいけな小学生の女の子を思春期真っ盛りの16歳男子のもとに住まわせるなどという犯罪チックなシチュエーションも、「将棋のためなら」のひと言ですべて許されてしまう。女子キャラはほぼかわいいか美人、小学生たちばかりではなく姉弟子・銀子までが八一を取り合う(?)ハーレム状態、しかし本人は清滝の娘・桂香をひたすら追いかけるというラブコメ要素も本書の大きな柱だが、やはり根幹にあるのは将棋なのだ。弟子を取ることも、あいも天衣も、銀子も、もちろん八一自身も、ひたすら上を目指して戦い続ける。その姿のなんと苦渋に満ちて崇高なこと。彼らがどこまで行くのかぜひ見届けたいと思う。
著者の白鳥士郎氏は、主にライトノベルの分野で活躍中。『りゅうおうのおしごと!』のあとがきで、高校の同級生だった加藤幸男第12代高校生竜王との思い出について触れている。ご自身について「駒の動かし方を知っている程度」と語っておられるが、それでこれほど臨場感あふれる対局のシーンを書けるのだとしたら、「八一より月光九段より白鳥さんが天才なんじゃね?」と思う。駒の動かし方すらよくわからない身でも、全編おもしろく読み進めることができたし(私は冒頭でご紹介した佐藤紳哉七段をテレビで拝見して以来将棋に興味を持つようになった超にわかファンだが、ときどき「これは紳哉さまがモデルなのでは...!」と思うような描写があって楽しかった)。少しでも将棋に興味を持たれた方は、第1作からぜひ!
(松井ゆかり)