【今週はこれを読め! エンタメ編】アイデアと奥深さが詰まった傑作集『ショートショートの缶詰』
文=松井ゆかり
星新一のショートショートとともに中学高校時代を過ごした身としては、星氏の逝去後ずっと「もうショートショートって読めないのかなあ...」という喪失感を抱えていた。そこへ現れたのがふたりのショートショート作家。ひとりは星氏唯一の弟子とされる江坂遊氏、もうひとりがその江坂氏が後継者として名を挙げる本書の編者・田丸雅智氏だ。
『ショートショートの缶詰』は田丸氏がこよなく愛する24編を集めたショートショート集。前述の江坂氏の作品は2作収められている。田丸氏は「はじめに」で「ショートショートとは、短くて不思議な物語のこと。さらに、強いて言うならば、アイデアがあり、そのアイデアを活かした結末のある物語のこと」と書かれている。ショートショートといえば星氏からの連想でSF作品のイメージが強いという方も多いのではないかと思うが、本書のラインナップをご覧になれば多岐にわたる分野の作者名を見て驚かれることだろう。
例えば川端康成。もともと川端には『掌の小説』という長くても10ページに満たないような掌編を集めた作品集もあるくらいだが、やはりショートショートというくくりにおいては意外性のある名前といっていいだろう。本書には「バッタと鈴虫」が収録されている。幼い子どもの淡い恋心が、手に持った提灯の光とともに浮かび上がる情景の美しさ。なんともいえない余韻の残るこの作品は、「これもまたショートショートなのだ」と忘れ得ぬ印象を読者の心に刻みつけるに違いない。
例えば江國香織。「草之丞の話」は、主人公の男子中学生と彼を女手ひとつで育てる母親と幽霊かつ侍である父親の物語だ。幽霊かつ侍? いったいどういうことかはお読みになって確かめていただきたい。こんなに短い作品であっても、江國ワールドが確立されていることに著者の揺るぎなさを感じさせる作品。
と、ショートショートの可能性は限られたものではないとの認識を得ていただいたうえで、個人的な好みとしてやはり圧巻は星新一「鍵」というところをプッシュしたい。すぐに読める、わかりやすくて子ども向け、アイデアのみに頼った内容などという批判も根強い星作品だけれども、じゃあ批判する人はそんな作品をおいそれと書けるの? あっという間に読めるような話が、誰にでも理解できるような平易な言葉で書かれていて、その短い中に驚きのしかけがある、そんな魅力的な作品ってめったにになくない? 「鍵」はファンからの人気も高く、ネットなどを見る限り人気投票ではだいたいベスト5にはランクインする作品だ。抑制された美しい文章で語られる、もの悲しくそれでいて希望すら感じさせる物語は、まさにアイデアと文学性の融合といえよう。
ショートショート作品の持つ奥深さを存分に感じられる本書、気に入られましたら次は田丸氏ご本人の作品集を手に取られてみてはいかがでしょうか。また、田丸氏が発起人となって設立されたショートショート大賞(主催は本書の出版元でもあるキノブックス)の発表も間もなくであるとのこと。ショートショートの新たな波、来てるかもしれません。
(松井ゆかり)