【今週はこれを読め! エンタメ編】会心の高校野球シリーズ第二弾!〜須賀しのぶ『エースナンバー』
文=松井ゆかり
今年はリオ五輪とぶつかってたから高校野球のことを忘れていたですって? そんなあなたに猛省を促すためにも、須賀しのぶ『エースナンバー 雲は湧き、光あふれて』をお薦めさせていただきたい。本書は、昨年の7月に出版された『雲は湧き、光あふれて』(集英社オレンジ文庫)に継ぐ第2弾。第1作に収録の「甲子園への道」で活躍した、県立三ツ木高校の球児および監督さらには彼らを取材するスポーツ誌記者たちが再び登場する。「こんなあれやこれやがあったのね!」とますます彼らに夢中になってしまうことだろう。
本書には3つの作品が収められている。「監督になりました。」では、転任早々野球部の監督を任された生物教師・若杉の悪戦苦闘の日々を追う。「甲子園からの道」でクローズアップされるのは、スポーツ紙・蒼天新聞の新人記者である泉の取材風景。そして最終話の「主将とエース」では、真面目で努力家なピッチャー・月谷と、野球センスは抜群だがやる気には欠けるショート・笛吹が、ぶつかり合い理解し合おうとする姿を描く。
いずれの物語にも心を打たれるが、もはや高校球児に対しては完全に母親目線になっている自分にとって、監督という大人の目から見たストーリーはとりわけ身近なものに感じられた。野球部に初めてあいさつに行った若杉を真っ先に出迎えたのがキャプテンのキャッチャー・中村だった。人一倍努力家で誰よりも大きな声を出す、しかし実力はいま一歩。とはいえ、よほどの強豪校でもない限り学校の部活動においては高く評価されるタイプだ。しかし、実力の伴わない中村がキャプテンに重用されたということで、それを不服とする部員が多数退部した過去も。みんなでなかよく楽しく部活ができるというのは理想である。しかし人間が複数集まれば、全員が何の不満もないという状態を保つことはまず無理だ。
私も基本的には、上手だが手を抜いている子よりは下手でも努力している子がレギュラーになってほしい。部活動においては、プロの戦いの場とは違って教育的な指導が行われる必要があると思うからだ。いろいろな意見はあると思うが、やはり努力する姿勢は大切だと思う。それゆえ、若杉は上達の遅さに頭を抱えても、エースの月谷は投球しにくくても、中村を正捕手として認めているのだ。
しかし、ひとつの意見にはもれなく反対の立場がある。「主将とエース」において描かれるのは、才能に恵まれた側の論理だ。「一見ボサボサに見えて、実は細心の注意を払ってラフさを演出している髪型」の笛吹は、以前大量に辞めた部員のひとり。月谷曰く、「まさに掃きだめに鶴と表現したいようなレベル」の選手だった。誰もが、とりわけ中村のような選手が手に入れたくてやまない能力を持ちながら、あっさり野球を捨ててしまった笛吹を責める人間は多いだろう。しかし、もちろん辞めるには辞めるだけの理由があるのだ。自ら望んだわけではない能力ゆえに、野球で活躍するよう押し付けられる。技術的には自分の方がはるかにまさっているのに、下手なりに努力することの方が上だとされる。みんなと楽しくプレーしたいと思っても、他者のミスをフォローする役目ばかり期待される。ぜいたくといえばぜいたくではあるが、言われてみれば納得せざるを得ない悩みだ。そんな笛吹に、月谷は果たしてどんな言葉をかけたのか...?
野球好きの著者による会心のシリーズ。ぜひ毎夏の定番の一冊として刊行していただけたらと思う(高校野球ではついつい公立校に肩入れしてしまう身にとって好みのどストライクである、月谷くんのさらなる出番増をお願いしたい)。須賀さんには『ゲームセットにはまだ早い』(幻冬舎)という、これまた野球ファンにはたまらない著書があり、こちらは社会人のクラブチームの物語。笛吹のようにやはり天才と呼ばれるピッチャーが登場し、才能のある者であっても悩むし苦しむものだということがこの本でも胸に迫ってくる。さまざまな視点から描かれる他の登場人物たちの思いもそれぞれ説得力があり、著者にはどうしてこんなにいろんな人の気持ちがわかるのだろうかと驚かされるに違いない。
(松井ゆかり)