【今週はこれを読め! エンタメ編】いつでもやり直せる"好きなこと"〜あさのあつこ『アレグロ・ラガッツァ』
文=松井ゆかり
まだまだ芸術の秋(もう冬並みの寒さだけど)! "音楽本スペシャル"第3回です(隔週でお届けしてたんですが、先週祝日で1週空いたりしたためもうこだわりません。第1回・第2回につきましては、10月26日・11月9日更新のバックナンバーをそれぞれお読みになってみてください)。
本書の題材は吹奏楽。主人公・相野美由は桜蘭学園高校に入学したばかりの高校1年生。中学時代に苦い思い出があり、それを引きずる自分を変えたいと思っていることがほのめかされている。そんな美由の前に現れた2人のクラスメイトが、久樹友里香と菰池咲哉だった。
入学式の朝、桜の木の横に置かれた「入学式」の立て看板とともに写真を撮ろうとした美由と母の前に記念撮影をしていたのが久樹さん。近寄りがたい雰囲気の美少女である。菰池くんもまた美少年だ。彼が美由に話しかけてきたのは新入生向けクラブ紹介のとき。美由と久樹さんがちょっとした討論めいた話をしていたときに、菰池くんが次は吹奏楽部の出番だからちゃんと聞きたいのでお静かに的な発言をしたのだ。
この3人をつなぐきっかけとなったのが吹奏楽である。実は美由は、中学の吹奏楽経験者でフルートのパートだった。6歳年上のいとこである朱音の影響で、中学入学と同時に始めたのだ。部ではとても気の合う友だち・愛沙との出会いもあり、順風満帆な中学生活だと思っていた美由だったが、とあるきっかけで部を辞めてしまう。
現在に戻る。菰池くんの情報によって美由は、久樹さんが『天才チビッコ・コンクール』というテレビ番組の準決勝まで勝ち進んだ過去があることを知らされる。久樹さんが披露したのはドラムの腕前。小学生とは思えない迫力に満ちた演奏に圧倒された菰池くんは、ずっと久樹さんの後を追いかけていた。美由が吹奏楽経験者であることを見抜いた彼は、久樹さんを誘ってみんなで吹奏楽部に入ろうと持ちかけるのだが...。
新しいことを始めるのが難しいときもあれば、それを続けていくことが難しいときもある。"上手なんだからドラムをやるんでしょう?"的な決めつけをされるのが大嫌いで部に誘われても反発してしまう久樹さんと、朱音に憧れてやりたいと思って始めたのにフルートを続けられなかった美由。でもふたりには共通点がある。それは音楽が、吹奏楽が好きなことだ。なかなか素直になれなくても、一度挫折を経験していても、もし本気でやりたい気持ちがあればいつでも始められるしやり直せる。それって若者たちにとって、いや、すべての人にとって希望の光となるのではないだろうか。そういえば、美由の母は子どもふたり(=美由とその兄)を育てるために、離婚してから美容師の資格をとって自分の店を開いたのだ。もちろん生活のための仕事ではあるが、「ビューティサロンMARU」という店名にこめた思いは「何もかもがまぁるく上手くいきますように」。自分の仕事を本気でやっていこう、という気持ちの表れだろう。高校生として生きることは難しく、大人として生きるのも難しい。でもほんのちょっと勇気を出して自分のほんとうの気持ちを伝えることで、周りの人たちとよりわかり合えることもある。美由や久樹さんのように変わろうとする努力ができたらいい(菰池くんに関しては天然のままでもいい)。
あさのあつこ氏は言わずと知れた少年少女小説の名手。著者が注目を集めるきっかけとなった『バッテリー』シリーズ(角川文庫・角川つばさ文庫)の清々しい衝撃はいまだ記憶に新しいが、その後もずっと子どもや若い人々の心の動きを鮮やかに描き続けている。そんな彼らを見守る大人たちの温かさもまた、物語に深みを与えているに違いない。
(松井ゆかり)