【今週はこれを読め! エンタメ編】「もうひとりの自分」とみつ子の決意〜綿矢りさ『私をくいとめて』
文=松井ゆかり
主人公のみつ子はもうすぐ33歳独身のOL。もはや私は50代も目前だし、子育てはまだまだ継続中、フルタイムで働いているわけでもないが、みつ子のちょっとした考え方やぼやきに激しく共感するところがあり我ながら驚いた。もちろん人間たるもの加齢とともに成長することもある(と思いたい)けれども、根本的になかなか変わらない部分というのもあるのではないだろうか。
例えば他人や物事について、みつ子はちょいちょい「ドラゴンボール」になぞらえている。32、3歳の行動としてもけっこう大人げないのに、49歳の私も折に触れてマンガを引き合いに出してしまうのだ(好きな男性のタイプを尋ねる際は「黒子のバスケ」のどのキャラに当てはまるかを聞きたいし、他人を励ますときには「スラムダンク」の安西先生の名言「あきらめたらそこで試合終了だよ」を言わずにはいられない)。
あるいは店で隣に座ったお客さんの声が聞こえてくるとき。聞き耳を立てたりしないのがマナーとわかってはいても、彼らの会話からヒントを探し出し、「このふたりは一見派手な子の方が目立ってみえるけど、実は地味女子の方が力関係は上っぽい」とか「男子の方は全然気づいてないみたいだけど、女の子の方は上の空だな」などと確かめようもないことを延々想像してしまうのだ。
しかしながら、みつ子は私などよりもはるかに上手ではある。彼女には脳内にもうひとりの自分である「A(answerの意味)」がいるからだ。「もうひとりの僕」といえば、マンガ「遊戯王」であるが...って、話題がループしそうなので省略。「A」はみつ子が困ったときに的確なアドバイスをくれる存在(「A」はadviceのAでもいいかも)。つい慎重になってしまいなかなか踏み出せないみつ子の背中を押し、悩む彼女に対しては時に励まし時に苦言を呈す。しかし、実はAは自分自身でありアドバイスも励ましも苦言もすべて自ら発したものなのだと、みつ子にはわかっているのだ。「私にとっての自然体は、あくまで独りで行動しているときで、なのに孤独に心はゆっくり蝕まれてい」く状態は、矛盾しているようでもしかしたら至極まっとうな心の動きなのではないだろうか。ひとりにもなりたいけれど、完全なひとりは心もとない。他人からの承認によって得られる肯定感を、みつ子はAを通して自分の内部において実現しようとしているのかも。しかし、ほんとうにそれでいいのかいまひとつ自分に自信が持てないという人々にとって、みつ子が最後に示す決意は必ずや勇気を与えることだろう。
アイドルのようにかわいらしい容姿。男子受けのよい方言ランキングでは常に上位に名を連ねる京都弁。そういった魅力を兼ね備えた綿矢さんが史上最年少で芥川賞を受賞された折には、正直なところ作家ではないふつうのキュート系女子として生きて行く道もあったと思う。実際学業がお忙しかったのか作品を発表されない時期も長かったし、たいへん失礼ながらこのままフェードアウトとなってしまうのかなあと思ったことも。だが、綿矢さんはどんどん飛躍されている。キャラクターとして描かれているのは30代女子だが、さまざまな世代の読者の心をがっちりとつかむ人物像を生み出すことに成功されているからだろう。少々老成感があるところも好感触。表紙にはわたせせいぞうのイラスト、飛行機が大の苦手であるみつ子が機内で聴いて心を落ち着けるのが大瀧詠一って。
(松井ゆかり)