【今週はこれを読め! エンタメ編】誰にも媚びない強烈美女のウェディング〜白河三兎『計画結婚』
文=松井ゆかり
白河三兎の小説といえば、例えばスクールカーストの底辺に属していたり、自分から周囲の人間を遠ざけたりと、胸が痛くなるような10代の若者たちの姿を描いたものが主流だ。そのため、「結婚」という概念と結び付くイメージがなかったし、もしかしたら白河作品の中では変化球なのかなと思いながら読み始めた(いや、変化球でない白河作品などないんだけど)。そうしたら、しょっぱなの短編「メランコリック・ダブルデート」は安定の白河節。語り手の高校時代の思い出が描かれる。もともとのファンにはなじみの酒場感があるし、初めて読む読者にも高校時代の物語は受け入れられやすいし、導入部としては申し分ない。まさか、話がこんな風に転がって行くとは予想しないだろうから(←ネタバレではありませんのでご安心を。そうと知っていてもびっくりされるに違いありませんので)。
本書は5つの作品からなる連作短編集。中心となる人物の名は、久曽神静香。「きゅうそじん・しずか」と読む。名前の持つインパクトに決して劣ることのない人材だ。美形でモデル体型、しかも桁違いの。それだけではない、好感度の低さも桁違いだった。「メランコリック・ダブルデート」の語り手は、静香のただひとりの友だちである佐古怜美。幼稚園からのつきあいだが、なかよくなったのは高校三年生から。ふたりの唯一の共通点は友だちがいないことだった。怜美の場合は内気さが原因だったが、他人からどう思われてもかまわずひたすらに我が道を行く静香はあえて孤立を選んでいたのだ。
誰にも媚びない静香のキャラクターはユニークで痛快だ。しかしそれは架空の人物だからそう思うのであって、現実にこんなアクの強い同級生がいたら辟易するばかりだろう。それでも、実際に学校での人間関係で悩んでいる子たちのもとに静香みたいな強烈な人材が現れたらいいのになと思う。萎縮もするだろうけれども、学校という環境においてはしばしば発生しがちな偏った価値観に囚われる必要などないと知ることができるのではないだろうか。
他の4編の語り手はそれぞれ、静香が怜美との仲を取り持った相手、新郎を追う男、静香が通っていた結婚相談所の担当者、そして新郎の友人として列席している男という面々。大なり小なり静香に振り回されるという点では、いずれも同輩だ。かなり特殊な事情を抱えたキャラばかりなのだが、人間的にはよくできた人物もいて、うまくバランスがとれている感がある。そう、破天荒さを際立たせるためには、平凡しかし善良な人間の価値を知っていなければならない。白河三兎という作家の強みはまさにそこなのではないか。直球の投球方法を知らなかったら、何が変化球なのかもわからないということだ。読んでいて気がふさぐような展開の話でも健やかさは確かに存在していて、それが読者を勇気づけてきたと思う。実はひとりの人間の中で上に挙げてきたような一見相反する要素が両立している希有な人物、それが静香だ(猛烈な側面の方が大部分を占めているが)。その静香が下した度肝を抜く結論を、しかと見届けていただきたい。
『計画結婚』で白河三兎という作家の魅力にやられたなら、まだまだ読むべき作品はたくさん。評価・知名度ともに高いのは『私を知らないで』(集英社文庫)かと思うが、個人的には『ふたえ』(祥伝社)をお薦めしたい。教室の片隅で目立たないように生きてきた「ぼっち」たちの物語。これを読んで胸を打たれない人を嫌悪する(←静香風に断定)。
(松井ゆかり)