【今週はこれを読め! エンタメ編】高校生たちの日常の謎短編集〜青崎有吾『早朝始発の殺風景』

文=松井ゆかり

 「青春ってきっと、気まずさでできた密室なんだ」。格言付きのカレンダーに加えてもらいたいような至言である。『早朝始発の殺風景』は、高校生たちがさまざまな状況で推理を繰り広げる連作短編集。前述のフレーズは最終話「三月四日、午後二時半の密室」に出てくるフレーズだが、きっと本書の登場人物たち全員の、いや、読者である私たちを含めた全員の感情をなぞったものであるに違いない。

 収録されている5編はすべてワンシチュエーションもの。集英社PR誌「青春と読書」2019年1月号の米澤穂信氏との対談において「これは演劇的な発想だな、と感じました」との発言を受けて、著者は「お芝居が好きで、大学でも演劇学を専攻していました。演劇には場所と時間、筋が変わらない「三一致の法則」と呼ばれるセオリーがあって、それにのっとった作品を書きたいな、と」と返し、そのうえで「一幕ものはやはり"日常の謎"と相性がいいですよね。スケールの小さい世界で物語が完成しますから」とも語られている。舞台となっているのは、始発の電車内、放課後のファミレス、観覧車のゴンドラの中と、本来高校生がさほど違和感なく溶け込んでいる風景ばかり。しかし、そんなありふれた風景にも謎は存在する。

 各短編で提示される謎、そして謎解きは、思わず和んでしまうものから高校生が背負うには重いものまでさまざま。だが高校生といっても、3年生ならそろそろ大学生になったり専門学校生になったり、そもそも同い年ですでに社会人になっているような子もいるわけだ。社会に出るまでの一定の猶予期間内ではあるものの、間もなくもっと広い世の中へと飛び出していかなければならない時期でもある。「いつまでも密室に留まっていられたらいいのに」と考えながら過ごす甘い日々にもいずれ終わりが来るものだ。高校生という身分は周囲が抱いているイメージよりはシビアなものなのかも。

 個人的に最も印象的だった作品は、先にあげた「三月四日、午後二時半の密室」。3年5組のクラス委員だった草間は、卒業式を休んだクラスメイトの煤木戸さんの自宅を訪れる。卒業証書とアルバムを届けるためだ。煤木戸さんは「空気を読めない困った人」として認知されていたクラスメイトで、式を風邪で休むと知らされたときにも特に惜しまれるような空気はなかった。「ドラマのセットみたいに素敵な部屋」に通された草間は、気まずさを振り払うようにおみやげのプリンを勧めたり熱さまシートを替えてあげたりと世話を焼くのだが、いろいろと裏目に出てしまう。そろそろ眠りたいと言う煤木戸さんの言葉に、草間はいとまを告げようとしたが...。密室というものにはだいたいにおいて、いつか密室でなくなる瞬間が訪れる。孤高を貫き通した高校時代を経て、開かれた世界で生きていくのも悪くないと煤木戸さんが感じられるようになればいいなと思う。

 青崎有吾氏は、『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同賞史上初の平成生まれの受賞者である。『体育館の殺人』は刊行直後に読ませていただいて、「どえらい新人さんが現れたもんだ!」と驚いたことが忘れられない。「平成のエラリー・クイーン」と称される青崎さんの手になるものだけあって、本書のいずれの作品においても鮮やかな謎解きの妙を堪能できる。ミステリーにはさまざまな様式があるわけだが、青崎さんのように理詰めでごりごり攻めてくる作風も素晴らしい(『体育館の殺人』を第一作とする裏染天馬シリーズや、最近文庫化された『ノッキンオン・ロックドドア』のシリーズにもぜひご注目いただきたいです)!

 あと、もうひとつどうしても触れておきたいのは、「三月四日、午後二時半の密室」の扉イラスト。本文中で「ウサギの被り物をした黒猫のぬいぐるみ」と描写されるこのお方は...! 部屋の主も、気づく方も、相当なミステリーファンとみた(著者のTwitterには、集英社の編集者の方が東京創元社に確認の電話を入れられたとのナイス情報もあり)。

(松井ゆかり)

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