【今週はこれを読め! エンタメ編】"本好きの夢"の行方〜ペネロピ・フィッツジェラルド『ブックショップ』
文=松井ゆかり
街の本屋さんがどんどん減っていっていることは、特に本好きでない人でも気がつくくらい深刻な問題ではないだろうか。大型書店はもちろん素晴らしい。いろんな本が置いてあるパラダイスのような場所だ。それに加えて最近ではネット書店という新たな脅威も出現しているわけだが、小さな書店にはまたひと味違ったよさがある。顔見知りなので行くと必ず声をかけてくれる店員さん、限られたスペースであるかわりに読みたい本がどこにあるかが探しやすい棚、長く立ち読みをしていると咳払いをする店長さん(←素敵か? その節は申し訳ありませんでした)...。本書の主人公・フローレンスが開いた書店もまさに"街の本屋さん"だった。
1959年、舞台はイギリスのサフォーク州にある海辺の町・ハードバラ。フローレンス・グリーンはここで書店を始めようとしていた。彼女は昔〈ミュラー書店〉の書店員として働いていた。夫のチャーリーとも職場で出会ったのだが、彼は戦争が始まって間もない頃に駐屯地で肺炎にかかり落命。夫のわずかな遺産で生きてきた彼女だったが、ハードバラ初の書店をオープンさせるために海辺の小屋付きの(ついでに言えば幽霊も付いてくる)建物〈オールド・ハウス〉の購入を決めた。しかし、町の有力者である将軍の妻・ガマート夫人が横槍を入れてくる。彼女は〈オールド・ハウス〉を芸術センターに改修しようと考えていたのだ(もちろんガマート夫人も町全体のことを考えてはいるのだろうが、結局は自分の思い通りに行かないことがいちばん気に入らないのだろうなという感じ)。なんだかんだありつつ、ようやく〈オールド・ハウス書店〉は開店にこぎ着ける。
数は少ないが、フローレンスにも味方はいる。例えば、店でアルバイトをするようになったクリスティーン(10歳。若いというより幼い。現代とはちょっと感覚が違うのか)。例えば、湿原に暮らし臨時の獣医のような役目を担うレイヴンさん(書店の棚を取り付けるのに海洋少年団の子たちを寄こしてくれた)。例えば、ハードバラに昔から住み現在は自宅にこもりきりと思われているブランディッシュ氏(書店で本を売ろうとするフローレンスの勇気を高く評価しさまざまな助言を与える)。こうした理解者を得て、〈オールド・ハウス書店〉はなんとか軌道に乗っていくのだが...。
『ブックショップ』は、1979年に『テムズ河の人々』でブッカー賞を受賞した遅咲きの作家であるペネロピ・フィッツジェラルドの小説第2作(本書もブッカー賞最終候補作だ)。淡々とした筆致ながらある種の力強さをもって描かれるフローレンスの姿に、共感する本好きは多いのではないか。書店経営は、究極的には本好きの夢といってもよさそうだし。決して甘い物語ではないが、本書を読んでいつまでも書店が街角にあってくれと読者は願うことだろう。個人的には、ナボコフの『ロリータ』が重要な役割を果たしていることもポイント。都内ではまだ上映中(4月初現在)の映画「マイ・ブックショップ」とは結末が異なるらしいので、できればそちらにも足を運びたいと思ってます!