【今週はこれを読め! エンタメ編】ホッパーの絵の豊かな表情を映す『短編画廊 絵から生まれた17の物語』

文=松井ゆかり

  • 短編画廊 絵から生まれた17の物語 (ハーパーコリンズ・フィクション)
  • 『短編画廊 絵から生まれた17の物語 (ハーパーコリンズ・フィクション)』
    ローレンス ブロック,スティーヴン キング,ジェフリー ディーヴァー,マイクル コナリー,リー チャイルド,ジョー・R ランズデール,ジョイス・キャロル オーツ,ロバート・オレン バトラー,ミーガン アボット他,田口 俊樹,白石 朗,池田 真紀子,古沢 嘉通,小林 宏明,鎌田 三平,門脇 弘典,小林 綾子,大谷 瑠璃子,不二 淑子,中村 ハルミ,矢島 真理
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    2,420円(税込)
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 名画とそれにインスパイアされた小説が収録された本というのはそんなに珍しいものではない気がするが、それらがすべてエドワード・ホッパーに関するものであるというところが本書の新機軸ではないだろうか。「エドワード・ホッパー」と聞いてもどのような画家であるかという知識はおぼろげだったのだが、深夜の飲食店にいる人々が描かれた「ナイトホークス」を見て「ああ!」とわかった。ホッパーの絵というのは一見無機的なようで、よく見るととても豊かな表情がある絵だと思う(人物が描かれていないときでさえ)。

 『短編画廊』の編者はローレンス・ブロック。代表作はなんといっても私立探偵のマット・スカダーを主人公とするシリーズだろうか。ブロックが本書の冒頭に掲げた序文が素晴らしい。ホッパーという画家への尊敬と、短編を寄稿してくれた作家仲間への感謝に満ちあふれている。ホッパーの絵から着想を得た短編を複数の作家に書いてもらうという試みは、思いついたときにはすでに完成されたアイディアだったそうだ(ひらめいてすぐに依頼したい作家のリストを作成し始めたという)。不勉強にして名前を知らなかった作家名もたくさんあるが、スティーヴン・キングやジェフリー・ディーヴァー、ジョイス・キャロル・オーツにマイクル・コナリーと錚々たる執筆陣が目を引く(さらに言うと、翻訳家の顔ぶれも豪華。ブロック自身も書いていることだが、たいへん多様な作品が集められており、ホッパーの絵がいかに人々の想像力をかき立てるかの証明でもあるといっていいだろう。

 個人的に最も印象に残った短編は、「夜のオフィスで」(著者はウォーレン・ムーア。こちらの作家、残念ながら存じませんでした)。ある晩転倒したときに打ちどころが悪くて、亡くなってしまったマーガレット・デュポンが語り手だ。親の反対を押し切って地方からニューヨークに出てきたマーガレット。彼女は勉強ができて絵も上手な娘だった。しかし、生まれた町ではどこへ行っても周囲の誰もが自分を知っていて、大柄な自分に若干のからかいを含んだ視線を向けられることにうんざり。ニューヨークに到着したもののことごとく自分の思惑とは異なる事態に遭遇するが、幸運と自分の実力が功を奏して弁護士事務所の秘書の職を得る。ようやくさまざまなことがうまくいき始めたところだったのだが...。「夜のオフィスで」がよいのは、次々と挫折に見舞われるにもかかわらず、ペギー(マーガレットという名前が気に入らない彼女が、下宿屋の女主人から呼ばれたのを機にそう名乗るようになった)がめそめそしたり腐ったりせず、かといって肩に力が入りすぎるような感じもないところだ。そう、亡くなってからでさえ。"Office at Night" という絵には、オフィスと思われる部屋の机で書類か何かに目を通している男性と、ファイル・キャビネットにもたれるようにして立っている女性が描かれている。ペギーのモデルであろう女性が着ているのは青い服だ。本書の絵には裸の女性が描かれているものが何枚かあるが、服を着ている姿の方が官能性が増すような気がする(とはいえ、ペギー自身はそんなにお色気満点のキャラという感じではなく、前向きで清潔感あふれる主人公だった)。清々しさがいつまでも胸に残るような作品。

 他にも、よくこの絵からこんな話を思いつくなあと感心させられる物語ばかり。「海辺の部屋」などもとてもよかった。「夜のオフィスで」もそうだし、ふだんはあまりファンタジー系に親しみがある方ではないのだがもしかしたら機が熟してきた? エドワード・ホッパーがすごいのはもちろんだが、作家もすごい、ということで。

(松井ゆかり)

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