【今週はこれを読め! エンタメ編】涙あり笑いありの桂望実『たそがれダンサーズ』
文=松井ゆかり
タイトルに「たそがれ」とあるからには、キラキラの若さみなぎるテイストの小説ではないと予想がつくのではないだろうか。実際、主要人物たちは50〜60代がほとんど。田中武士は昨年60歳で定年を迎え、年寄り扱いされたことにショックを受けた経験あり。川端諒一はまだ現役の部長職だが、会社の派閥争いのあおりでもはや出世は望めない。大塚正彦は孫請けの町工場を経営しているが、IT企業を辞めて家を手伝うようになった息子と衝突してばかり。...と、いまひとつ冴えない境遇にある彼らが、社交ダンスを始めるようなったきっかけはさまざま。社交ダンスは男性の競技人口が少ないから人助けになるとか、合法的(?)に女性に触れることができるとか、家や職場に居場所がなくなりそうで焦る気持ちを何かに打ち込むことで紛らわせたいとか。
そんな男たちが、とある講習会に集められた。複数のダンス教室による初心者の男性向けの合同企画で、基本のステップ10種類を13回のレッスンで学ぶという内容。講師の米山信也は半年前にダンスのパートナーでもあった妻を亡くして以来すべてのレッスンをやめていたのだが、どうしても断り切れずに引き受けたのがこの仕事だった。投げやりぎみのレッスンを行う米山の気持ちをよそに、生徒たちは次第にダンスというものに対して熱心さを増していく。卒業発表を終えてそれぞれの教室に戻った田中たちだったが、いまひとつ身が入らない。男だけで踊るダンスの楽しさを知ってしまった彼らは、もう一度自分たちにレッスンをしてくれないかと米山に頼みに行くが...。
社交ダンスに詳しいわけではないので、男性だけで踊る様子はいまひとつイメージできない。男だけのダンスといえば、EXILEとかDA PUMPとかが思い浮かぶが、おそらく田中たちの踊りはそれらとはほど遠いものだろう。冷静に考えたらかっこよさそうには感じられないのだが、それでも文章を読んで思い浮かぶ彼らのダンスはとびきりかっこいいのだ。
加齢のせいか、同年代くらいの登場人物たちが懸命に物事に取り組む涙あり笑いありな物語が、最近やたら胸に迫る。田中たちは決して不幸なわけではない(というか、むしろめちゃめちゃ幸せな方だろう。体は健康、家族に恵まれ、仕事だっていまだ現役だったり定年まで勤め上げたりしているわけだから。妻に先立たれた米山はその限りでないにしても)。しかし、どんなに幸せそうにみえても不満のない人間はいない。仕事をするしない、結婚するしない、子供を産む産まない。さまざまな選択肢をすべて自分で選んできたはずなのに、それでもほんとうにこれでよかったのかと自らに問いかけてしまうこともある。そんなときに、仕事とも家事とも違う、夢中になれる趣味があったら。生活全般に張り合いが出て、不調だった部分もうまくいったりすることもあるのではないだろうか。まして、それが複数のメンバーで協力してやっていくようなことだったら。意見の合わないこともあれば面倒ごとも増えたりもするけれど、うまくいったときの喜びはその何倍にもなるだろう。それは、ひとりでやっていたのではたどり着けない喜びであるに違いない。
感受性の豊かな若い頃に読んでおいた方がいい文学作品は、無数といっていいほど世の中にある。だけど、年齢を重ねたからこそさらによさがわかる作品というものもまた存在するのだ。中高年の悲哀や歓喜は、やはり実際にその年齢になってからの方がよりリアルに感じられる。年齢がいってからの方が楽しめるものがあるなんて痛快ではないか。全編を通してぐっとくる場面はいくつもありますけど、特に後半はずっと目頭を熱くしながら読むことになりますよ。
(松井ゆかり)