【今週はこれを読め! エンタメ編】駅伝に興味のない人にもおすすめの額賀澪『タスキメシ 箱根』
文=松井ゆかり
今年の年始も箱根駅伝に釘付けでいらしたファンのみなさん、来年の大会まであと360日ほどどのようにお過ごしでしょうか? もちろん元日には実業団の大会であるニューイヤー駅伝もありますし、大学三大駅伝(←箱根を合わせて)である出雲・全日本なども始まるわけですが、それでも箱根は特別なんですよね。箱根駅伝は1年にたった2日間、残りの300と何十日間(箱根以外の大会やマラソンも観るとしても)を我々は駅伝なしの日々を送らなければならない。そんなファンたちを支えてくれるもののひとつが駅伝小説だと思うんです。
『タスキメシ 箱根』はその題名が示す通り、箱根駅伝が舞台。本書はシリーズ第2作で、前作『タスキメシ』もやはり駅伝に青春を懸けた高校生たちを熱く描いた物語だった(一部箱根駅伝も登場)。本書の主人公は、前作から引き続いて眞家早馬。駅伝選手として箱根を目指していたが、高校時代の故障をきっかけに管理栄養士を目指すように。大学を出ていったん企業に就職したものの、自分がほんとうにやりたいスポーツ栄養士の道に進むべく、退職して紫峰大学の大学院に進む。そこで駅伝部の監督である館野に誘われ、栄養管理兼コーチアシスタントとしてチームに参加。
早馬が入部した当初、駅伝部の食生活はひどいものだった。栄養士の資格も持っていた寮の管理人が3か月前に退職してしまったため、栄養のバランスや味付けのことなどろくに考えもせず、食事当番の部員が持ち回りで作ったものばかり食べていた。早馬は食事の重要性を説き、部員たちに栄養学についてのレクチャーをし、おいしい食事を提供する。しかし、早馬のことをよく思わない部員がいた。
その部員とは、4年生でキャプテンの仙波千早。紫峰大学は決して強豪校ではなく、千早自身もまずまずの成績とはいえ、実業団でプロとしてやっていけるレベルとまではいえない選手。卒業後は一般企業に就職予定。それでも箱根を走りたいという気持ちで練習を続けてきた。千早が早馬に苦手意識を持つのは、同族嫌悪のようなものに見える(実際、早馬も千早が自分と似た状況にいることで「仙波千早の抱えた葛藤というか、心の軋みのようなもの」がよく見えると感じている)。
早馬には、1つ年下の弟・春馬がいる。ふたりとも中学から陸上部に入って、駅伝を続けてきた。春馬はずっと兄の背中を追いかけてきたが、高校に入ってから徐々に長距離ランナーとしての実力が逆転してきた。早馬は故障したことをきっかけに炊事を一手に引き受けるようになる(眞家家は母親が早くに亡くなり、父親と早馬たち兄弟の3人家族。ずっと家事を担っていてくれた祖母は、前の年に腰を傷めて伯母の家に引き取られた)。しかし、そこには春馬に対する複雑な思いも絡んでいた(...というのが、前作の内容。おもしろさが何倍も違ってくると思いますので、ぜひ順番通りに読まれることをおすすめします。『タスキメシ』は文庫版だったら、「二代目山の神」と呼ばれた柏原竜二さんの解説が付いてきます。こんなに上手な文章を書かれる方とは存じませんで、たいへんお得な1冊でした)。
『タスキメシ』で軸となっているのが兄と弟の関係性だとしたら、本書でそれに当たる中心人物は早馬と千早。千早は箱根を走れなかった早馬に未来の自分を予感し、早馬は鬱陶しがられているとわかっていても千早を構わずにはいられない。目指すものは同じであっても、人それぞれに胸に秘める思いは違うのだ。それでも、たとえそりの合わない部分があったとしても、相手を尊重することはできる。早馬と千早はやはり、しっかりと結びついた仲間だ。それは他のメンバーや監督も同じ。そして早馬にとっては、春馬や高校時代から一緒に走ってきた友だちも(前作で活躍したキャラクターも多数登場。前作では早馬と同じ高校の陸上部で長距離チームのキャプテンだった助川派だったんですけど、本書では大学のチームメイトだった藤宮にぐっときました)。彼らの姿が、みんな苦しそうにもがいてばかりなのにまぶしすぎて、涙をぬぐうのももどかしいくらい次々とページをめくらずにいられなかった。努力は人を裏切る、と早馬は言った。でも、努力をした自分は自分自身を裏切らないのではないか。たとえ思うような結果を出せなかったとしても、何かに打ち込んだ経験はきっと未来の自分を支えてくれると思いたい。
冒頭にも書いたように、駅伝ファンの方には文句なしにおすすめ。でもそれ以上に、駅伝に興味のない人にこそ読んでいただきたいです。ここに書かれているのは駅伝選手たちの姿だけれど、彼らの思いはきっと誰もが抱いている感情に通じるものだから。『タスキメシ』シリーズをお読みになったみなさんが来年箱根駅伝を観ようと思われたとしたら、私もうれしいです。そうそう、当コーナーで11月に紹介させていただいた同じく額賀澪さんの『競歩王』、あわせて読まれるとより一層楽しめますよ!
(松井ゆかり)