【今週はこれを読め! エンタメ編】クリムトの絵をめぐる壮大な騙し合い~望月諒子『哄う北斎』

文=松井ゆかり

 学校で通知表をもらっている間ずっと図工や美術で芳しくない成績を取り続けてきた身なれど、アートものの小説は最も食指を動かされる分野のひとつ。よくあるでしょう、自分にないものに憧れる心理というやつ。

 物語の冒頭に起きるのは、クリムトによる「婦人の肖像」の「発見」だ。この作品は、1997年にイタリアの美術館から盗まれていた。その絵をとある美術商が入手したという。吉崎為一郎、東京は銀座にある画廊の主だ。はて、タイトルにあるのは「北斎」の名前だけど、それがどのように「クリムト」とつながるの...?

 といった興味を持たれた方は、ぜひ本書をお手に取っていただきたい。というか、本書のディテールについては説明しようとしてもうまくできない。そもそもこの小説に書かれていることのどこまでがほんとうのことなのか理解できていない、というのが美術オンチの限界だ。いわゆる蘊蓄の部分、美術に疎い者でも夢中で読んでしまうほど興味をかき立てられるものなので、知識があればより楽しめることは間違いないだろう。

 とはいえ。他にも何人もの美術商や実業家、学者に泥棒に国際的組織までもが登場して壮大な騙し合いが繰り広げられる本書は、コンゲームとしてもおもしろいし、アクの強いキャラクターたちの人物造形を楽しむのもよい。「アートは詳しくないから...」といって敬遠するのはもったいないことだ(ちなみに、「婦人の肖像」が行方不明になっていたことは事実らしい、というところまでは調べた。発見されたのがあの場所だと知れば、読者は「なるほど!」と思われることだろう。そのピタリとはまる感覚を味わうためにもぜひともお読みになられるよう、重ねておすすめさせていただく)。

 美術品売買って、エスカレートしていくとこんな非情な世界なのか。小説として読む分にはとてもおもしろい。でも、もし現実だったらと思うと...だまされたところで終わってる登場人物たちは、ちょっと気の毒にも感じる。そこまで痛い目を見なければならないほどひどいことをしたのかどうか、素人にはピンとこないから(もちろん決してほめられた所業ではないだろうけれども、痛い目見せてる方がやってることも品行方正さとはほど遠いわけだし)。

 いずれにしても、一般人なら美術品は見て楽しむ程度に留めておくのが正解かと思った。現在は美術館や画廊に足を運ぶのにも二の足を踏む方も多いと思うが、やはり自分の目で見る美術品は格別である。もっとも、それが贋作でないという保証はないのだということは、本書を読んで思い知らされたけども。

 著者の望月諒子さんは、電子出版で異例の大ヒットとなった『神の手』でデビュー。こちらは、フリー記者の木部美智子を主人公とするイヤミスのシリーズとのこと。2010年に第14回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作となった、『大絵画展』シリーズの第3作が本書。シリーズの中の1作とは意識せずに読んだのですが、とても楽しめました。さて、『大絵画展』からおさらいしなくては!

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