【今週はこれを読め! エンタメ編】さまざまに変わっていく家族の物語〜窪美澄『ははのれんあい』
文=松井ゆかり
「母の恋愛」というものが描かれた作品なのかな、と思いながら読んだけれど(もちろんそこにも触れられるのだけれど)、何よりも家族というものについての小説だった。家族に恵まれている人も残念ながらそうでない人も、すべての人が読むべき作品だと思った。
本文は二部構成で、第一部は主に母親である由紀子、第二部は長男の智晴(ちはる)の視点で物語が進む。第一部、間もなく出産予定の由紀子は、夫・智久とともに義父母が営む縫製の仕事の一員として働いていた。仕事を終え、智久と家に戻って夕食をとろうとしたところ、由紀子が破水。急いで病院へ向かうと、そのまま帝王切開で出産することになった。麻酔から目覚めてみると、由紀子はもう母親になっていた。生まれたのは男の子。智晴と名づけられた赤ん坊はすくすくと成長する。
予定は未定、という言葉があるが、ほんとうにそうだ。自分の意志ではどうにもならないことは次々に起こり、否応なしに軌道修正を余儀なくされる。由紀子は出産後に智晴を預けてまたミシンを踏む仕事に戻るつもりでいたけれども、智久すらも転職しなければならないほど義父母の縫製業は存続が苦しくなっていた。智久は一生やっていくと決めていた仕事を続けることができず、好きという気持ちをなかなか持てないタクシー運転手の職に就かざるを得なかった。
変化は否定的なものだけではない。智久の給料だけでは教育費までは賄えないと考えて駅の売店での仕事を始めようとした由紀子は、自分の母親から「なんか、智晴産んで、強くなった」と感心された。保育園に通い始めた当初は大泣きしていた智晴は、弟たちが生まれたことでストレスによる発疹が出た智晴は、ほんとうにしっかりした頼もしい兄に育った。
幼かった智晴に、由紀子は「おばあちゃんは天国にいるけれど、智晴の家族でしょう?」「家族は時々、そんなふうに形を変えることがあるの。誰かがいなくなったりすることが。離婚っていうのは、お父さんとお母さんが別々になること。だけど、離婚しても家族はずっと家族なの」と話して聞かせた。みんながお互いを思いやって(でも、すれ違うこともあって)、幸せを願い合うのが家族だ。このような考え方が逆に家族と距離を置きたいだけでなく実質的にも縁を切りたい人などを追い詰める場合もあるだろうけれど、個人的には心に染みるものがあった。今年の初めからひとり暮らしを始めた長男を思い、職場であっけなく亡くなった父を思い、認知症で私の顔もわからなくなって逝った母を思った。
いろいろな家庭のあり方がある。いろいろな考え方の人がいる。智久に対してはどうにかならなかったのかと思うところもあるが、彼の心情も丁寧に描写されているので納得できないではなかった(容認とまではいかないけれど)。両親揃っているべきといったいわゆる一般的な家族構成や自分の意見だけが真っ当なもの、などということは決して思うまい。若さとたくさんの可能性を手にしている智晴にも、まだまだ自分の心の求めるままに生きていくことができる由紀子にも、幸多かれと願う。
(松井ゆかり)