【今週はこれを読め! エンタメ編】重厚かつトリッキーな丸山正樹『ワンダフル・ライフ』
文=松井ゆかり
今回ご紹介する本は、【エンタメ編】という枠で取り上げるには少々ハードな内容かもしれない。気難しい障害者の妻と介護に疲れた夫の息が詰まるような生活ぶりを、読者は冒頭からさっそく読むことになる。
本書は「無力の王」「真昼の月」「不肖の子」「仮面の恋」の4つのパートに分かれている。最初に置かれた「無力の王(1)」は、「やってられない。本当にやってられない。」という夫の心の声で始まった。献身的な夫に対し、頸髄損傷者の妻は感謝をするどころか事あるごとに厳しい言葉を浴びせかけているらしい。
次の「真昼の月(1)」は、建築事務所に勤める夫・一志と女性雑誌の副編集長である妻・摂の物語。ふたりは長らくセックスレス状態にあったのだが、マイホームを建てようという話を糸口に子どもを作ることを検討しようと一志が持ちかける。しかし、摂は結婚当初から子どもを持つことには反対だった。話し合いは平行線をたどるかにみえたが、意外にも摂は譲歩ともとれる提案をする。
続く「不肖の子(1)」では課長と不倫関係にあるアラサー女子・岩田、「仮面の恋(1)」ではネットの「障害者ボランティア板」と「映画フォーラム」に書き込みをする〈GANCO〉に興味を引かれた照本俊治が、それぞれ話の牽引役となっている。さらに「無力の王(2)」「真昼の月(2)」...と話は進んでいく。
一見どこに共通項があるのかわからない4つのパート、最後に「そうだったのか!」とすべてがつながる構成は見事としかいいようがない。謎の多い本書においては、いくつもの答えが提示される。中でも最も胸に迫ったのが、「無力の王」の妻が明かした夫に"ありがとう"を言わない理由。そうだったのか。事前の情報はこの程度にして、大いなる驚きを味わっていただければと思う。
障害者関連を軸に、社会のさまざまな問題が取り上げられているこの作品で、読者はきれいごとではすまされない実情を知るだろう。養子縁組などは、たとえば不妊治療中の夫婦であっても熟考した経験がある人は少ないに違いない。また、ホームレスの人々を排除するために設計された"寝そべることができないベンチ"など『排除アート』といったものの存在に気づく人もまた多くはないのではないか。そして障害ということについては、私自身理解が不足している自覚があるしまだ消化しきれていない部分も多いのだが、それでもまずは知ることが大事だと痛感させられた。
丸山さんご自身が、頸髄損傷という障害をお持ちの配偶者の方の介護者でいらっしゃるとのこと。医師による症状の説明、看護師やヘルパーなどが行う介助の詳細など、通常なかなか知る機会のない描写がリアルなのはそのためかと納得(私も認知症の母親の介助経験が少々あるものの、身体的な不自由があるとないでは介護者の負担がずいぶん違ってくるということを改めて思い知らされた)。そういった小説としてのクオリティもだけれど、とにかくあとがきの最後に綴られた奥様に関する言及がぐっとくる。
単純なハッピーエンドにはなるまいと覚悟してはいたものの、「こうきたか!」と唸らされました。胸にズシンとくる重厚さもありつつ、ミステリー的な味わいも兼ね備えたトリッキーな小説にもなっているので、そういった興味をきっかけにでもぜひ読んでいただきたい作品。たとえ思いやりや寛容さに満ち満ちているとは言い切れない世の中であっても、「素晴らしき人生」もまた現実のものだと信じたいです。
(松井ゆかり)