【今週はこれを読め! エンタメ編】1963年へのタイムスリップ小説〜阿川佐和子『ばあさんは15歳』
文=松井ゆかり
阿川佐和子さまは素敵だ。テレビでは社会派番組から肩のこらないトーク番組まで、硬軟取り混ぜた幅広いご活躍。その話術を生かして雑誌でも長年にわたる対談連載が人気で、相手の話を聞く極意を伝える『聞く力』(文春新書)はミリオンセラー入り。お料理もお得意だそうで、こちらの方面にも著書あり。個人的に特に好きなのが、檀ふみさんとのペアのとき。その場合は往復エッセイ的な企画が多いので、うかつにもこれまで小説の方は読まずに来てしまったのだった。阿川さんの『スープ・オペラ』(新潮文庫)などが話題になっていたのはもちろん知っていたのだが、「うーん、とりあえずまだ読んでいないエッセイが先だわ」とスルーしていた過去の自分に説教しに行きたい。「小説もいい! すぐ読め!」と。
...と、実際には時間を遡ることはできないわけだが、本書はそれが現実に起きた世界だ。主人公の菜緒は15歳。高校に進学する前の中学最後の春休み、菜緒は祖母の和と東京タワーに来ていた。乗り込んだ下りのエレベーターが突然止まり、菜緒たち乗客がうろたえている場面から物語は始まる。しばらくして再び動き出したエレベーターから外に出てみると、菜緒はおかしなことに気づく。なんと、ふたりは昭和の時代(1963年/昭和38)にやって来てしまったのだ!
容赦なく日は暮れていき、この後どこに泊まれるかを検討した結果、和が少女時代を過ごした渋谷の家に行くしかないという結論に達する。現在は廃業しているが、もともと和の実家は仕出し屋「ウメ徳」を営んでいた。渋る和を説き伏せて実家にたどり着いたふたりの前に現れたのは、住み込みのお手伝いさんの節子(通称せっちゃん)だった。せっちゃんの前では人が変わったようにおとなしくなる和(菜緒に言わせれば、祖母はもともと「その名に反して、まったく人を和ませないタイプであり、そもそも愛想という概念をほとんど持ち合わせていない」)。
もちろん、未来から何の準備もなく昭和に移動してしまった菜緒たちにはいろいろと困ることがある。泊まるところもそうだし、お金もあまり持っていない(500円硬貨などは当時まだ発行されていない)、着替えもない(着てきた服は周囲のテイストと異なる)...などなど。それらを解消してくれたのが、せっちゃんをはじめとする「ウメ徳」の人々だった。いまの世の中で、素性の知れない人間をこんなにあっさり家に泊めたりするだろうか。とはいえ、周囲の優しさに感銘を受けながらも、なんとか平成の世に帰る手段を探る菜緒。しかしながら、和の方はこの時代に後悔があったようで...。
たぶんSF的には多少穴がある気はするのだが(たぶんあれとかは、設定的にNGなんじゃないかなあ)、それこそ昭和の時代に親しんだジュブナイルの香りが感じられて読み心地がいい。果たして菜緒たちは現代に戻れるのか、和の過去の後悔とは何だったのか、大切なあの人は助かるのか...?
さて、人々の温かさ的なことにたびたび言及されるけれども、昭和42年生まれの自分としてはいつの時代であろうといい人もいればそうでない人もいるのではないかという気はする。ただやはり、本書に書かれる当時の風俗は懐かしく、楽しいこともいろいろあったなと感じたのは間違いない。そのときには特になんとも思わないような日々の暮らしが振り返ってみると輝いて見えることもあるものだなと、本書を読んで改めて思い知らされた。そして、その輝きはきっと未来の希望につながる。物語のラスト、そしてその先を、ぜひお読みになって確かめてみていただきたい。
(松井ゆかり)