第146回芥川賞、決定直前・全候補作チェック&予想
文=大森望
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- 『すばる 2011年 10月号 [雑誌]』
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すでに発表されている第146回(2011年下半期)芥川龍之介賞の候補作5作は以下の通り。
石田 千(いしだ・せん)「きなりの雲」(群像10月号)
円城 塔(えんじょう・とう)「道化師の蝶」(群像7月号)
田中慎弥(たなか・しんや)「共喰い」(すばる10月号)
広小路尚祈(ひろこうじ・なおき)「まちなか」(文學界8月号)
吉井磨弥(よしい・まや)「七月のばか」(文學界11月号)
候補作で目を引くのは、《新潮》掲載作が1本もないこと。
このところ芥川賞では《新潮》勢が圧倒的に強く、第141回(磯崎憲一郎「終の住処」が受賞)以降の受賞作4作は、すべて《新潮》初出の作品が占めていた。前々回は、《新潮》掲載の2作(朝吹真理子「きことわ」と西村賢太「苦役列車」)がW受賞、受賞作なしに終わった前回も候補作6作のうち半数の3作が《新潮》初出だったが、今回は一転して《新潮》抜きのレースとなった。
各候補作の詳しい内容については、すでに、「書評家・杉江松恋が読んだ! 第146回芥川賞候補作品、ほんとうに凄いのはこれだ!」という記事が「エキレビ!」に掲載されているので、当欄では受賞作予想を中心に5作を検討してみよう。
本命は、136回「図書準備室」、138回「切れた鎖」、140回「神様のいない日本シリーズ」、144回「第三紀層の魚」に続いて5度目の候補入りを果たした田中慎弥。この間に川端康成文学賞と三島由紀夫賞を受賞し、いよいよ機は熟している。
今回の候補作「共喰い」は、17歳の少年を主人公に、暴力的な父親や生まれ育った土地とのどうしようもないしがらみを生々しく描いた作品。田中慎弥らしさを維持しつつも、迫力満点のクライマックスを用意して、芥川賞向けにチューンナップされてきた感がある。
それを追うのが、ともに前回に続いて候補入りを果たした円城塔と石田千。
候補作の出来だけでいうなら(私見では)円城塔「道化師の蝶」が今回の5作の中でダントツに見えるが、前回候補作「これはペンです」を強力に推した池澤夏樹が選考委員を退任したのが大きな不安材料。前回、円城作品の評価が真っ二つに割れたいきさつは、以前当欄でも報じた通りで(「賛否両論の芥川賞落選作、円城塔『これはペンです』単行本化」)、今回も否定派が肯定派に転向することは考えにくいため、受賞可能性は低いと言わざるを得ない。
なお、この「道化師の蝶」を表題作とする単行本が、2月21日に発売予定。
石田千「きなりの雲」は、アラフォー女性の生活と恋愛をやわらかなタッチで描く、280枚の(芥川賞候補としては)大作。「道化師の蝶」にも主要モチーフのひとつとして登場する編み物が軸になるから、この2作は、手芸対決とも言える。受賞可能性は「きなりの雲」のほうがまだ高そうだ。こちらは1月27日に単行本発売が予定されている。
《文學界》初出の2作、広小路尚祈「まちなか」と初候補の吉井磨弥「七月のばか」も、それぞれ独特のユーモアが楽しいが、では受賞するかというと、どうも決め手に欠ける感は否めない。もっとも、前回の当欄予想は大はずれだったので、ぜんぜん当てにはなりませんが......。
ちなみに、MSN産経ニュースの記事によれば、芥川賞選考委員でもある石原慎太郎東京都知事は、定例会見で今回の候補作について訊かれ、「バカみたいな作品ばかり」と述べた。いわく、「(作品に)心と身体、心身性といったものが感じられない」「見事な『つくりごと』でも結構ですが、本物の、英語で言うならジェニュインなものがない」などなど。
「バカみたいな作品ばかり」の中で、はたしてどれが受賞するのか。いちばんバカなのはだれかを決める(違います)選考会は、1月17日、築地・新喜楽で開かれ、午後7時−9時ごろ受賞作が発表される。選考委員は、石原慎太郎、小川洋子、川上弘美、黒井千次、島田雅彦、高樹のぶ子、宮本輝、村上龍、山田詠美の9氏。
今回もニコニコ動画で、受賞作発表の瞬間と受賞会見が中継される予定(http://live.nicovideo.jp/watch/lv76739590)。放送は当日午後6時から。また、大森望・豊崎由美による「文学賞メッタ斬り!スペシャル」第146回芥川賞・直木賞予想編は、ラジオ日本「ラジカントロプス2.0」(http://blog.jorf.co.jp/)で15日(日曜)深夜24時から放送される(ポッドキャスト配信あり)。
(大森望)