伊藤計劃の遺稿を円城塔が書き継ぐ
文=大森望
1月17日に選考会が行われた第146回芥川賞は、円城塔「道化師の蝶」と田中慎弥「共喰い」の2作が受賞した。
東京會舘で開かれた記者会見の席上、次回作に関する質問を受けた円城塔は、伊藤計劃の遺作となった未完の長編『屍者の帝国』を引き継ぎ、完成させる意向を明らかにした。
いわく、
「わたくしはデビューして今年で5年目になるんですけれど、ほぼ同時期にデビューして、3年前に亡くなった、伊藤計劃というたいへん力のある作家がいました。その伊藤計劃が残した冒頭30枚ほどの原稿があります。それを書き継ぐ----といっても、彼のように書くことは無理なんですが、自分なりに完成させるという仕事を、この3年間、ご家族の了承を得てやってきました。そろそろ終わりそうです。『なぜおまえが』という批判は当然あるでしょうが、次の仕事として、やらせていただければと思っています」
この会見は「ニコニコ生放送」で生中継されており、視聴中の伊藤計劃ファンから大きな反響があった。会見の模様は、いまもニコニコ動画で視聴できる(会員登録が必要)。「屍者の帝国」に関する発言は、右のURLから。http://live.nicovideo.jp/watch/lv76739590?po=news&ref=news#2:43:20
伊藤計劃『屍者の帝国』は、河出書房新社編集部の求めに応じて伊藤計劃が病床で執筆していた書き下ろし作品。完成すれば第四長編となるはずだったが、冒頭部分(400字詰原稿用紙にして約30枚分)だけを残して、著者は2009年3月20日に死去した。
残された原稿はSFマガジン2009年7月号の伊藤計劃追悼特集に掲載され、その後、同じ河出書房新社のオリジナル・アンソロジー『NOVA1』(河出文庫)に収録。さらに、『伊藤計劃記録』にも再録されている。
『屍者の帝国』の背景は、ヴィクター・フランケンシュタインが開発した死体操作技術が広く欧州に普及し、死者が労働力として活用されている、もうひとつの19世紀。遺稿では、《ホームズ》シリーズでおなじみのワトソン博士が語り手を勤め、『吸血鬼ドラキュラ』のヴァン・ヘルシング教授も登場する。ジャンル的には改変歴史SFに属し、最近流行の"スチームパンク"にも分類できるだろう。
円城塔と伊藤計劃の縁は、両者がともに2006年の第7回小松左京賞に初長編を応募して、ともに最終候補に残ったときにまで遡る。両者ともに落選の憂き目を見たが(この回の同賞は受賞作なしに終わった)、ふたりはネットを通じて連絡をとりあい、ともに翌年、応募作を改稿した作品を早川書房のSF叢書《ハヤカワSFシリーズ Jコレクション》から上梓して、相次いで作家デビューを果たす。
この2作は、2007年の日本SFを代表する傑作として高く評価され、デビュー作であるにもかかわらず、「ベストSF2007」国内部門では、伊藤計劃『虐殺器官』が1位、円城塔『Self-Reference ENGINE』が2位となった。その後も、この2作は、ともに2007年度の第28回日本SF大賞候補作となり、ともに落選するなど、何かと縁が深い。
作家同士は、トークショーや対談などで同席する機会も多く、同じヴィジョンを共有する"盟友"とも呼ぶべき関係だった。
両者の"合作"には、ハヤカワ文庫SF版のウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』解説(と題する短編小説)の例があるが、『屍者の帝国』は、伊藤計劃が残した遺稿とプロットを円城塔が引き継ぐかたちになる。
伊藤計劃の没後、さほど時をおかずにスタートしたプロジェクトだが、作風がまるで違うだけに執筆は難航。何度か暗礁に乗り上げる局面もあったようだが、いよいよ完成が間近に迫っているらしい。
伊藤計劃と円城塔。現代SFを代表するふたつ才能の融合がどんな長編に結実したのか、『屍者の帝国』を読む日が待ち遠しい。
Project Itoh goes on.
(大森望)