【今週はこれを読め! ミステリー編】侠気ある男と剣呑な美女の犯罪小説『ガットショット・ストレート』
文=杉江松恋
〈カール・ハイアセンのスラップスティックなギャグ、エルモア・レナードの小説に出てくる侠気のある男たち、そしてエヴァン・ハンターが好んで登場させていた、触れるのも躊躇われる剣呑な美女たち。そういう要素が好きな方に本書をお薦めします〉
と、帯の推薦文のための原稿に書き、メールで送信したら、編集者からおそるおそるという感じで返信がきた。
----あのー、もう少しメジャーな要素を入れて一般読者にアピールできるほうがいいのではないかと思いますが......。
何言ってんの! これは、ハイアセン&レナード&ハンターが好きな人にまず読んでもらうべき小説じゃない。一般の読者? それはあとあと。犯罪小説ファンはこれを読んだら熱く語ってくれるし、そしたら他の読者にも口コミで届くよ!
----あー、そういうものでしょうか。それならいいんですが......。
というようなやりとりがあったかどうかは想像にお任せする。ルー・バーニーのデビュー作『ガットショット・ストレート』(イースト・プレス)は、まさに上記のような内容の犯罪小説なのである。まあ、ハイアセンよりは狂気度が少なくて、レナードのほうが無骨で、ハンターの書く女性のほうが妖艶かな、という気はするのだが、その三者に似ているというのは本当である。それ以外の作家を思い起こさせる部分もあったのだが、そのことは後で書く。それから忘れてはいけないのは、翻訳者が細美"ステファニー・プラム"遙子であることだ(イヴァノヴィッチの新訳、ずっと待ってます!)。ね、ちょっと気になるでしょう。
チャールズ・サミュエル・ブションこと通称〈シェイク〉が、カリフォルニア州立ミュール・クリーク刑務所を出るところから話は始まる。シェイクは十九歳のときに初めて自動車泥棒で捕まり、以来常習犯罪者の道を歩み続けている悪党だ。しかし、彼も四十二歳、そろそろ老後のことを考えるようになった。今度こそ悪事からは足を洗い、堅気になろうと決意したシェイクの前に昔なじみのアレクサンドラ・イランドリャンが姿を現す。
アレクサンドラはアルメニア生まれで、十六歳で山賊の頭領に嫁入りさせられ、二十歳のときにはその男を殺して部族を乗っ取っていた。その後アメリカに移住し、ロスアンジェルスのアルメニア人ギャングを統べる存在になったのである。その彼女からシェイクは二万ドルでちょっとした仕事を請け負った。ラス・ヴェガスまで車を運転していき、〈クジラ〉の部下にそれを引き渡す。〈クジラ〉ことデイック・モビーは賭博都市の荒事を支配しているボスだ。危険の香りがするし、本当は足を洗うつもりだったが仕方ない。出所したばかりでシェイクは金が必要なのである。
さっそく車に乗って出発したシェイクだったが、しばらくしてとんでもないことに気づく。トランクから、どすん、どすんと音がするのだ。モーテルに入り、トランクを開けてみると案の定、中には絶縁テープで口を塞がれた若い女が入っていた。車を届けるというのはつまり、この女を届けるということだ。間違いなく〈クジラ〉は彼女を殺すだろう。
さあ、どうするシェイク?
まだまだ序盤戦、ここから話は二転三転し、とんでもない方向に展開していく。あるものを巡る争奪戦になるのだが、それが何かは読んでのお楽しみ。アレクサンドラやトランクの中の女ジーナなど、女性陣の活躍も素晴らしいので期待していただきたい。というか、シェイク以上に彼女たちはかっこいいのである。
あまり話題にならなかったが、私の偏愛する作家にA・W・グレイがいる。1990年代の初めに『ビーノの反撃』『復讐のギャンブラー』(ハヤカワ・ミステリ)の二冊が翻訳され、あとはぱったりと絶えてしまった。両作は作者の住処でもあるテキサス州ダラスを舞台にしており、非常に小気味のいい犯罪小説である。特徴的な登場人物揃いでいいのだが、私が特に好きなのが『復讐のギャンブラー』の主人公であるポーカー・プレーヤー、サイズだ。彼はいわゆるグッド・テキサン、気持ちのいいテキサス男というやつで、自らも追われている身なのに窮地に陥りかけているメリリー(カクテル・ウェイトレス。子持ち)という女性を助けてやる場面がある。しかしメリリーは、初対面のサイズを不審者だと思い込み、最初は追い払おうとするのだ。なぜか。ハンサムな男だけど、声をかけてきたときに着ていたのがミッキー○ウスの描かれたTシャツだったからである。そんな風にちょっととぼけていて、愛嬌のあるキャラクターなのだ。好きだったなあ、サイズ。
話は逸れたのだけど、『ガットショット・ストレート』の主人公であるシェイクにもサイズに似た臭いを感じる。将来の夢がレストランを開業することだというのがいい。なんだその可愛い目標は。また、美女に弱く、情にもろく、衝動的に決断をする癖があるのがいい。そしてなんだかんだ困ったことになっても、持ち前の馬力でなんとかしてしまうというのがさらにいい。気持ちの芯のところは折れなくて、いつも前向きだというのがいい。
そういう主人公の出てくる犯罪小説を読みたい人は、ぜひ。
(杉江松恋)