【今週はこれを読め! ミステリー編】〈ミレニアム〉シリーズ、堂々完結!
文=杉江松恋
『ミレニアム6 死すべき女』はダヴィド・ラーゲルクランツによる新〈ミレニアム〉三部作の最終章にあたる作品だ。ご存じのとおり〈ミレニアム〉三部作の著者はスウェーデン生まれの作家スティーグ・ラーソンだが、彼は作品を書き上げたあとの2004年に亡くなってしまった。2005年に刊行が始まると過去に例がないほどの売り上げを記録し、全世界で翻訳されてベストセラーとなった。ドイツなどの近隣諸国にまで影響を与え、文字通り北欧ミステリーを変えた里程標的作品となったのである。
その続篇の書き手に指名されたのが、伝記などのノンフィクション分野で実績のあるラーゲルクランツで、新たに三作を書く契約を取り交わした彼はラーソン作品を熟読し、その骨肉を自分のものとする作業に入った。続篇の第一作『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』が2015年、第二作『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』が2017年、そして今回の『ミレニアム6 死すべき女』が2019年と一年おきの発表になっているのは、一年をラーソン作品の分析、一年を執筆に充てるという当初からの計画通りなのだろう。『蜘蛛の巣を払う女』で驚いたのは、まるでラーソンが甦ったかのように旧作の雰囲気が再現されていたことで、続篇の書き手としてラーゲルクランツは最適任者であった。死後の補筆や他の作家によるシリーズ書き継ぎの例は多いが、ここまで違和感のない例はあまりない。
複数回にわたって映像化されたことですでに有名になった〈ミレニアム〉だが、本書で初めて手に取る方のために、ざっと流れを説明しておこう。〈ミレニアム〉とは社会の不正を糺す数々のスクープをものにしてきたことで名を上げた雑誌の名で、編集長兼発行人のミカエル・ブルムクヴィストが第一作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』の主役となる。そのミカエルに雇われたアシスタントがリズベット・サランデルで、社会不適応者のような言動ながら抜群に腕のいい情報処理技術者という人物像は、脇役ながら強い印象を読者に与えた。この第一作は、スウェーデンの政財界に立ち向かう主人公という図式の紹介編であり、ミカエルが数十年前の少女失踪事件の解決に挑むという謎解き小説の要素が強い。続く『ミレニアム2 火と戯れる女』でようやくリズベットが主役になり、彼女自身が陥れられた陰謀に対して闘いを挑む。巨大な敵も登場する、活劇場面の多い犯罪小説だ。そして『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』ではそのリズベットが刑事被告として裁かれる立場となり、ミカエルたちが彼女を救おうとする。今度は法廷小説なのである。
〈ミレニアム〉三部作でラーソンが書こうとしたことは突き詰めれば、強い力を持つ者は最も弱い者を犠牲者に選ぶ、ということだろう。そうした構造に対抗する主人公としてミカエルとリズベットは設定された。リズベットの半生は権力者による虐待の歴史といってよく、作品の主題そのものを背負っている。
ラーゲルクランツは続篇を書くにあたり、リズベットに焦点を当てた。『蜘蛛の巣を払う女』では前三作では匂わせられるだけだった伏線が丹念に回収され、リズベット・サランデルという登場人物が改めて解釈され直したのである。続く『復讐の炎を吐く女』までの流れで重要なことは、彼女の双子の妹であるカミラ、現在はキーラと名乗っている女性をリズベットの負の面を背負った人物として登場させたことだ。これによってサーガは一族の物語という性格を帯びることになった。姉妹の関係に決着をつけるべく書かれたのが最終作『死すべき女』なのである。物語の冒頭ではある正体不明のホームレスの死が描かれる。その次に来るのは、カミラの命を奪うべくリズベットがパーティ会場に乗り込んでいく場面だ。書き手が変わっても相変わらず、このシリーズは読者の心を掴むのが巧い。
ラーゲルクランツに書き手が代わってからの特徴は、リズベットとミカエルが直接顔を合わせないままインターネットでやりとりを行い、それぞれの抱えている問題について情報交換をし合う連携プレイが描かれるようになったことだ。今回もリズベットは、油断なくカーラを監視しながらミカエルの問いかけに応えて必要な情報を送っている。ミカエルが抱えているのは前述したホームレスの変死事件だ。死者は国防大臣ヨハネス・フォシェルに執着しており、たびたび依存症患者のたわごととしか取れない妄言を吐き散らしていた。しかしミカエルが手がかりを追っていくと、両者には意外なつながりがあることが判明するのである。
今回最も感心したのは第一部から第二部への引きで、ストックホルムの街角で始まった話がこんな場所に行きつくなんて、と驚かされた。思えば第一作の『ドラゴン・タトゥーの女』でもミカエルは意外極まりない場所まで引き回されたわけで、〈ミレニアム〉だったらこのぐらいの規模で話を展開させなくては、とラーゲルクランツも配慮したのではないか。具体的なことはネタバラシになるので書けない。まさか〈ミレニアム〉が〇〇ミステリーになるなんて、と読者には私と同じように溜息をついていただかなくては。
もう一つの読みどころは言うまでもなくリズベットとカミラ、運命の姉妹対決である。これも長大なサーガの終わりにふさわしい幕引きになった。訳者あとがきによれば、ラーゲルクランツはこの作品を最後に〈ミレニアム〉からは手を引く考えのようで、シリーズはここで一応の大団円ということになる。リズベット・サランデルはあくまで闘うために生まれた主人公であって、惰性で続けてもシリーズの意味はないはずだ。彼女が安らかな時を迎えられるように、ここで物語も終わったほうがいいのだろう。
(杉江松恋)